雨色 | ナノ
27

当然のことながら、カルデアに初めてやってきた私はその溢れんばかりの魔力に圧倒さてしまいそうだった。

人気者なドロシーのおかげか少しだけアットホームな感覚にもなったけれど、宮殿にきてみれば殺伐とした空気に息が詰まりそうになる。宮殿で出会ったお爺さんには少し冷たい印象を受けた。

「久方じゃのう。ドロシー……帰ってきたということは、つまり」

「はい。大ジジ様。ディアナを見つけました」

真剣で、それでいて冷静な声音のドロシー。その言葉にスノウが驚きの表情を浮かべたのが見えた。

「チェスの兵隊を御存知ですか、大ジジ様?」

「うぬ。六年前メルヘヴンに戦火を灯した者達じゃな」

「その中のクイーンです。ディアナは!! 私の姉はカルデアを捨て――そして、レスターヴァの王妃となり……スノウの義母となった!!」

「ど、どういう事―!? えーっとクイーンてのもチェスっスよね?」

混乱するジャックにアランさんが説明をする。

「ナイトの上にいる二人の存在の一人だ!! 前回のウォーゲームでは二人とも見つけられず、決着がつかなかったと言っていい! 見つかるわけがねェ!! 味方だと思っていた中にそいつはいたんだからな!!」

アランさんの表情が怖い。せめてアシュラさんがいたらアランさんを落ち着かせることができたかもしれないのに。

気分じゃないからと言って来なかったけれど、カルデアみたいに魔力で溢れたところに来ないなんてアシュラさんらしくない。他に何か理由があるんじゃないかと思った。

とは言え、アシュラさんはウォーゲーム参加者じゃないし、遠慮したのだと思うと納得もいくのだけれど。それにドロシーだって、こんな身内の話はあまり多くの人に聞かれたくはないだろうし。

「クイーンがドロシーの姉ちゃん!? どういうことなんだ!?」

「ディアナは、昔から何でも欲しがった。食べ物もおもちゃでも……そしてその欲望はついに、爆発して大事件になった!! カルデアに存在した798個の特殊能力を持ったARMを盗んでカルデアの外に逃げた!!」

「うぬ……八年も前の事じゃったな。ディアナはカルデアを裏切り、捨てた反逆者じゃ。禁を破りし者は掟として身内が何とかせねばならぬ。ドロシー……ディアナを殺せるか?」

お爺さんの問いに、ドロシーは酷く落ち着いた様子で、驚く程はっきりと「はい」と言った。

「そんなのダメだ!! ドロシー、約束したじゃないか!!」

ギンタが叫ぶように言う。彼の気持ちは分かる。4THバトルで彼はドロシーに、チェスの兵隊でも殺しはダメだと言ったのだ。ドロシーはそんな彼と殺さないことを約束した。

それに、私だってそんなことしてほしくないと思う。例えチェスの兵隊でも、カルデアの掟でも、身内を殺すなんてしてほしくない。ドロシーだって本当は嫌なはずだ。

「それにいくらチェスの人間だからって……姉ちゃん、なんだろ?」

それでも、殺すことを覚悟したのはドロシー自身だった。

「少年……何の約束を交わしたかは存ぜぬがこの件は特別じゃ。ドロシーはディアナの唯一の肉親――肉親が手を下さねばならぬのじゃ。それも、カルデアの掟……!!」

思わず自分の腕をさすってしまう。寒気すら感じてしまう程に、空気が冷えていく気がした。

その後、アランさんが語ったディアナの話は、あまりにもおどろおどろしくて、数秒間だけ息を止めてしまっていたように思う。

ディアナとの出会い、チェスの兵隊が活動し始めた時のことや、それによって結成されたと言うクロスガード。それらにARMを与えてくれたと言うディアナが、本性を露わにしていく様は、思わず自分で自分の体を抱きしめた。

ドロシーが言っていた意味を漸く理解できたと思う。何でも欲しがったチェスの兵隊のクイーンは、世界でさえも欲してしまったのだ。

「自作自演だったのさ。チェスを作りARMを渡したのも、クロスガードを作りARMを与えたのもディアナ。いつの頃からか、城の中に怪しげな者達が増え始め、スノウに危機を感じた俺は、スノウと共にレスターヴァから逃げ出した!」

「一度敗戦にしたのは信用を得るための故意か……もしくは“ダンナさん”という想像以上の伏兵を与えてしまった失策か……」

「パヅリカの氷の城あたりから、チェスの兵隊が怪しいと思っていた。そのためレスターヴァの姫であるスノウと行動をとることで、クイーンの正体を知ろうとしたんだ」

それが当たってしまったのか……。

「アルヴィス。ゾンビタトゥをつけられたのはいつ?」

「六年前。前回のウォーゲームの時だ」

思わずドキッとした。ゾンビタトゥと言う単語に。見えない何かに怯えるような、弱い自分が情けない。

「ゾンビタトゥの能力……あれは多分ディアナがファントムに与えたはず。その呪いの解き方もファントムの倒し方も知っているのはディアナ……」

「もうほとんど体中にまわりきっている。俺にはもう時間がないんだ。だから、俺は呼んだんだ。ギンタを!」

大事な話の最中だ。集中しなきゃ。

「オイ!! ジジィ!! いくら掟だからって姉妹で殺させあうなんてひでえぞ!! お前には血も涙もないのか!?」

集中しなきゃいけないのに、ギンタのおかげで入っていた力が抜けた気がした。

けれど、ギンタは未だに納得できていないようで、どうしてもドロシーに人を殺させたくないようだった。勿論、それはやっぱり私も同じだけれど、先程のアランさんの話を聞いてしまったらやっぱり否定できない。チェスの中心人物であると言うのなら、尚更だ。

「ギンタ!! たくさんの町や村を見たよね?」

力強く彼の名前を呼んだスノウは、話をしながら一瞬だけ私を見た。

「チェスの兵隊にみんな殺されて……たくさんの人が辛い思いをしている! お義母様と戦うことはとても辛いけど……お義母様が原因で戦争が起こっているのだとしたら――私はレスターヴァの後継者としてディアナを倒します」

恐らく、私の村のことも含まれていたのだろう。その優しさに嬉しく思う反面、凛とした表情をするスノウにどこか悲しくなった。

ドロシーもスノウも、好きだった人と戦わなければならない。その決意は、どれ程のものだろうか。自ら失くしてしまうかもしれないそれは、どれ程辛いのだろう。考えるだけで私は挫けそうになってしまいそうだ。

もっとしっかりしなきゃ。私よりも年下の子が大きな決意をしたのだから。

「メルヘヴンの平和を乱したのはカルデアの民であるディアナじゃ。その責任はとろう。お前達に協力する」

お爺さんがそう言うと、後ろにいる人が次々と私達を指差していった。アランさん、ジャック、アルヴィス、ナナシ、スノウ、そして最後に私を指差して、新しいARMを授けると言ってくれた。

「ついてきてください」

そう言った男の人について行こうとする際、大人しくなったギンタに声をかける。

「そないにヘコんだらあかんよギンタ!! ウォーゲームに参加した時点で覚悟は決まっとったはずやで?」

「ゲームじゃねーのさ。戦争なんだ」

「俺は俺の戦いをする。お前も自分の戦いを見いだすんだな」

私は何も言えなくて、ただただギンタを一度見てから男の人について行った。


ギンタの気持ちはよく分かる。出来ることなら、誰も殺さずに全てを終わらせたい。けれど、それがただの綺麗事だと言うのも分かっている。

誰も傷付かない世界はないし、誰も傷付けない世界はないのだ。

「ユーリ」

「ん?」

「大丈夫か? アランさんの話を聞いている時、顔色が悪かったが……」

「うん。大丈夫。ちょっと色々思い出しちゃっただけだから」

アルヴィスも、本当はギンタを心配してるくせにね。私に言うみたいに言ったらいいのに。

「あのね、アルヴィスにはまだ言ってなかったんだけど」

「何だ?」

「私の村も、チェスの兵隊に破壊された」

「なに!?」

「自分の村でさえ守れないけど、それでもチェスの兵隊を倒して世界を守れるかなあ……」

不安で仕方ない。多分私は、大丈夫って言ってほしいんだと思う。本当に情けない。

「それでもユーリは、例えできなかったとしても、守ろうとするだろう」

「……うん」

うん。守るよ。守りたいよ。理由なんてそれで充分だよね。


2014.10.26

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