26
「ファントム、出掛けるの?」
「うん。何か用だった?」
「まあ……話したいことがあって」
「それなら悪いけど、帰ってきてからでいいかな? その話ってやつが何なのか、予想はつくけどね」
予想ついているなら先延ばしにしなくてもいいのに。とは言え、今適当に決められても困る。
「分かった。帰ってくるのを待つよ」
「あ、でも、一緒に行くなら話は別だけど?」
「着いて行かない。ウォーゲームに出る予定なのに、ファントムのお遊びに付き合っていられないから」
「お遊びじゃないんだけどなあ」
じゃあお仕事なのか。と問えば、彼は頷くのだろうか。
お遊びだろうがそうじゃなかろうが、結局私は彼が帰ってくるのを待たなければいけない。ウォーゲームを一日延期するのもこちらとしては嫌なのに。
「浮かない顔をしているわね。アオイ」
「そうですか?」
「やはり、私とお喋りなんてつまらないかしら?」
「ち、違いますよ。少し考え事をしていただけで……」
クイーンはどうして私とお喋りなんてしたいのだろう。何度も不思議に思ったけれど、それを聞く機会には恵まれなかった。聞いてもいいのかもしれないけれど、私に聞く勇気がなかったのもある。
「今、ファントムはカルデアにいるんですよね?」
「そうね」
クイーンの故郷であるカルデアを、ファントムが襲っている。それを聞かされて、どうしてか少し悲しくなった。別に、行ったこともない国のことなんて、どうでもいいはずなのに。
「気になるのかしら」
「えっと……」
「無理もないわね」
「え?」
無理もない? 一体どういうことだろうか。
「ファントムは、まだ様子を見た方がいいと言っていたけれど、そろそろいいんじゃないかしら……ねえ? アザミ」
まただ。またいつの間にか、他に人がいた。気付かなかった。気配なんて全然しなかったし、クイーンが名前を呼んで初めてその人を認識した。
「あ……」
そしてその人を見て、思わず驚きの声を上げてしまう。クイーンの前でみっともない声で、口をぽかんと開けてしまった。
「どうやらあなたの顔は覚えていたみたいね」
随分と懐かしい気分にさせる。もうずっと、会うどころか生きているかも分からなかった人間が目の前にいて、酷く切ない表情を浮かべているのだ。こちらとしては突然のことで、何を言えばいいのか分からない。それは相手も同じなのか、何か言いたそうにしながらも口を閉じてしまう。
「どうしたの? 数年ぶりの姉妹の再会でしょう?」
「私に何か言う資格はない……抱きしめる資格はないの」
「そんなこと言わないで。折角会えたのだから思い切り抱きしめたって罰は当たらないわ」
クイーンにそう言われ、それは私を見ると嬉しそうに、そしてやはり切なそうに笑った。
「アオイ……やっと会えた」
「お姉ちゃん……?」
私が両親の死を目の当たりにした時、姉の姿は既になく。そして帰ってくることはなかった。村人達は姉について何も言わなかったし、私は例え質問しても答えが返ってくるとは到底思えなかったから、やっぱり何も言わなかった。
姉はどこかへ逃げたか、或いは両親と同じように別の場所で殺されたのだろうと思っていた。逃げていたとしても一人では生きていけないだろうし、同じような人間に出会ってしまえばそれこそ死んでしまうだろうと思っていたのだ。
そして、次に殺されるのは私なのだと、その時は思っていた。それがなぜか殺されず、ただ甚振られていただけだったのは今でもよく分からない。
ただ、この世に私の肉親はもうどこにもいないのだと。そう思っていたのだ。
「元気そうでよかった。ディアナが、定期的にアオイとお喋りをして様子を見てくれるから……」
「アザミの為だもの」
「ウォーゲームに出るって聞いたわ。無理はダメよ?」
私は両親が大好きで、目の前で笑う姉だって大好きだった。その気持ちは今だって変わらない。けれど、それでも、彼女を目の当たりにした今、嬉しさも怒りも悲しみも抱くことができなくて、そんなことで戸惑っている。
「アザミはファントムが連れてきたの。偶然出会ったらしいわ。それからアザミの話で、あなたをここへ連れてきた」
「え……それって……」
それじゃあ、ペタが私を見つけて、そして手を差し伸べてくれたのは、姉がそうしてくれと言ったから? そりゃあ、どうしてあの村に来て、破壊して、私を連れてきたのか不思議ではあったけれど。生きていた姉が理由だったなんて、思うはずもない。
それに、クイーンが私を気にしてくれるのも、こうしてお喋りをするのも、全部姉がいたからだった。
「今まで会えなかったのは、ファントムがまだ早いと言うからだったのだけど、そろそろいいかと言っていたから」
嬉しそうな顔をされても、私は喜べない。だってまるで、この世界で生きる意味を全てなかったことにされたみたいで、私はここに必要ないのだと思わされているみたいだから。
「アオイ、次のウォーゲームに出る気なんでしょう? お願いだから絶対に無理はしないで」
あの感じからして、姉はクイーンやファントムと親しい。私がここへ来られたのも姉が言ったから。だからペタは、ファントムに言われて私を探していた。
わざわざ村に来て、村を破壊して、私に手を差し伸べて、ここへ連れてきたのは、全部ファントムが言ったから。
ああ、なんだ。私って、必要だと思われて連れてこられたわけじゃなかったんだ。使えると思われたわけじゃなかった。ただ連れて来いと言われたから、言われた通りにしただけだった。
少し期待していたのだろう。少しでも、私を必要としてくれていることに。そんなこと、あるはずもないのに。
「アオイ? どうかした?」
「キャンディス」
「元気ないじゃない」
「……もし、ファントムがキャンディスの力を必要としていたわけじゃなかったら……それでもキャンディスは戦う?」
「え、どうしたの?」
「どう?」
自分の質問には答えない私に、キャンディスは少し戸惑いながらも答えを返してくれた。
「だったら、必要とされるように力をつければいいんじゃないの。戦ったら強くなれる。そうでしょ?」
いつだってキャンディスは私の答えを知っているように思う。本物の姉より姉らしいとさえ思える。一緒に過ごした長さの問題だろうか。彼女にはどうにも頼ってしまう。
「でも、私はファントムが必要としてくれるくらいに強いつもりよ」
「そうだね」
「それで、一体どうしたの?」
「ううん。ただちょっと、修行に行き詰まっていただけ。もう解決したわ」
そうだ。力をつければいい。知識を得ればいい。彼が私を頼ってくれるまで、彼が私を必要としてくれるまで。その為に生きて、その為に修行してきたのだから。
最初から必要とされていたわけじゃないことくらい、むしろ当然のことだ。
2014.10.22
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