雨色 | ナノ
24

「よくも……よくも!! よくもカワイイ弟にあんな事してくれたねェーっ!! ギンタァァ!!」

怒りか、哀しみか、そんな感情に満ちた声が響く。

声の主はラプンツェル。この4thバトルで唯一のナイトクラスで、先程まで同じチームの仲間を制裁だと言って殺していった人間だ。

「六戦目もてめェが出て来い、ギンタ!! ギロムの仇を討ってやるよォ!!」

「上等だ。お前ら姉弟にはムカついてるからな!!」

「何言ってるの、ギンタ!」

ついさっきまで、ギンタはギロムと戦っていた。それなのに続けてラプンツェルとバトルなんてできるはずがない。それに何より、彼女の相手は既に決まっていた。

「まだ私が残ってるでしょ!」

ユーリは連続でじゃんけんに負けてしまい、最後まで残っていた。彼女は思う。自分はことごとく運が無い、と。

「負けたら仲間だろうが制裁として殺し、身内が倒されれば逆上して怒り狂う……なんて自分勝手な人なんだろう。ねえ? ば、ババア!」

思い切って叫ぶように言う。今のように冷静でいる彼女にしては珍しく、大きな声で。

「ユーリは罵倒し慣れていない」

「罵倒するのって慣れなんスか!?」

ユーリがラプンツェルをババアと言ったのは、ドロシーが言っていたからだろう。それが一番、彼女を挑発できると考えてのことだった。

「ババア、ババアって……そんなに私を絶頂させたいのかい? 相手になってやるよ!! ブス!!」

どうやら挑発に成功したらしい。

「4THバトル最終戦、ユーリ!! VSラプンツェル!! 開始!!」

「まずは軽ーくイッちゃうよォ」

そう言ってラプンツェルはARMを発動させる。

「アイススパイク!!」

フィールドに氷の棘が出現し、ユーリを襲った。しかしユーリはそれを飛び跳ねて躱す。

「ナイトクラスなのにこんなもの?」

「私は美しい……」

「は?」

「ブサイクなお前には、理解できないようだから教えよう。周りをよく見てみな!!」

気付けば棘に囲まれており、ユーリは思わず動きを止めた。

「スパイクサンド!!」

棘がユーリを挟み込む。

「もう一度言ってやるよ! 私は美しい。お前はメス豚だ、ブス!!」

「ユーリ!!」

ギンタやアルヴィスが驚いて思わずユーリの名前を呼ぶ中、挟み込んでいた棘が崩れていく。全てが崩れ落ちる頃にはユーリが姿を現していた。

「氷の壁!? そういえばお前、私と同じ氷使いだったねェ!!」

「び、吃驚したあ……」

ユーリを守るように囲っていた氷の壁が消えていく。ユーリはまだ自分が生きていることを確認して胸を撫で下ろし、キッとラプンツェルを見た。彼女はまだ、倒れるつもりは無い。

「私の氷とお前の氷、どっちが強いかねえ!!」

ラプンツェルは再びユーリに攻撃を仕掛ける。ユーリはやはり氷の壁でそれを防いだ。

「あの壁びくともしねえぞ!?」

「ここは氷原ステージだ。氷の上でなら、氷の壁は普通以上の硬度を持つ」

「砂漠ステージだと硬度が足りなかったのも頷けるわね」

「だが……」

ユーリは未だ攻めていない。ラプンツェルの攻撃を防いでばかりで、彼女自身はラプンツェルに攻撃をしていないのだ。

「ヘイルブリザード!!」

そして漸く、ユーリはラプンツェルに攻撃した。それはネイチャーARMで、雹や霰を勢いよく繰り出す。ラプンツェルの視界は遮られ、同時に雹が彼女の顔や体を傷付けた。

「私の顔に傷……私の美しい顔にィ!!」

ラプンツェルの傷口から血が流れる。しかしそれを拭おうともせず、ラプンツェルは怒り狂った。

「やってくれたねえメス豚あぁ!! 本気で絶頂させてもらうよォ!!」

彼女は更にARMを発動させる。それはラプンツェル自身の髪を自在に操るネイチャーARM――ヘアマスターだった。これにより、彼女の髪は氷に突き刺さる程の変化を遂げた。

「そんな髪、切ってあげる! ウェポンARM、クロスバスタード!!」

ユーリは自身の唯一のウェポンを発動した。十字架を思わせるような見た目をしている細い、突くことも切ることも出来る剣。それを手に持って踏み込み、ラプンツェルの髪を切り裂こうとする。

「うぐっ……!!」

ヘアマスターで硬質化した髪がユーリの横腹に突き刺さる。直前で気付いたのか、無理に躱そうとして体勢を崩し倒れてしまった。

「しまった……!」

何とか顔を上げ、立ち上がろうとするが、その動きは遅い。

「私が髪を盾にしたと思ってウェポンに切り替えた。でもそれじゃあ氷の壁は張れないだろう? ええ!? メス豚ぁ!!」

ラプンツェルはもう一度ヘアマスターで攻撃を仕掛けた。それらはユーリ目掛けてとっしんする。

「例え氷の壁を張れても、下からの攻撃には対応できないだろうけどねェ!!」

ユーリが氷の壁を張るよりも早く、彼女を攻撃していった。全身、服や体がボロボロになっていく。思わずギンタがやめろと叫んでも、ラプンツェルは攻撃を止めることはなかった。

「私もギロムも女を殺すのが大好きなのさァ!!」

勝ったと確信したのか、ラプンツェルは自分の話を始めた。

「昔ある所に四人の家族が住んでいました。父、母、姉、弟。ある時、病気で父が死にました」

「なに……身の上話……?」

「母親は変わりました。姉弟に食べ物も与えず、毎日ムチで二人をなぐりました。二人には心に大きな傷がつき……ある日ついに、二人はオノで眠っている母親を殺しました」

ユーリは完全に立ち上がる。横腹を押さえつつ、冷静な目で目の前の女を――ラプンツェルを見据えていた。

「どうだい!! 泣ける話だろう!? その姉弟が私達さァー!!」

泣ける話と聞いても、ユーリは泣けるだなんて微塵も思っていない。

「私はブスを殺して次のバトルに出る。そして次はギンタ!! お前だァ!!」

「泣ける話?」

確かに話は少し特殊かもしれない。でも、それを踏まえても泣けなかった。ほんの少しラプンツェルが脚色しているかもしれない。それを除いても、やっぱりユーリは泣けなかった。

「自分達だけが辛い思いしてきたみたいに言うな!!」

初めの罵倒とは違い、心の底からの言葉にユーリの声が同調したのか、これまで聞いたことのないくらい大きな声で言った。

「この世界にどれ程、辛い思いを抱いている人間がいると思うの!」

ユーリの脳裏に、無残に壊された村の景色が浮かび上がり、そして次に六年前の戦争が浮かぶ。最後に彼女が一番愛しいと感じる人の、一番憎い呪いが浮かび上がった。

それは世界を愛し、人を愛する彼女が戦う理由で、争いを好まない彼女が人と言う名のチェスの兵隊を傷付ける理由だった。

「もう誰も殺させはしない! ジャックフロスト!!」

「死にぞこないが! それがお前の使う最後のARMになるよ、ブス!!」


2014.10.16

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