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「ユーリ、どうした?」
「チェスがいました」
「なに? ウォーゲーム中だと言うのに襲いに来たのか……しまった、俺が残っていれば……」
「本人は、不可抗力で来てしまっただけだと言っていました。戦う気はないのだと……証拠に攻撃はしなかったし、目くらまししかしなかった……」
「で、チェスはどうした?」
「アンダータで逃げてしまいました」
「そうか」
彼女と会話をして、彼女の言っていることが嘘ではないと思ってしまった。やけに真剣な目で、声音で、人を恨んでいるような感じがしたのだ。ゾクッとしてしまう程に。
敵意は……あったようにも思うし、無かったようにも思う。彼女の意見を聞いた時は、とてつもない敵意を感じた気がした。ウォーゲームに出るのだろうか。この辺でウロウロしているチェスの兵隊だから、もしかしたら出ないのかもしれない。
「そうだ。試合の結果だが、アルヴィスは負けた」
「え……」
「そろそろ戻ってくるはずだ。一度集合しよう」
「待ってください! チームは勝ったんですよね!?」
「ああ。アランが目覚めていたからな」
アルヴィス達が戻ってくる場所に行ってみると、息を殺すようにしんと静まり返っていた。人々はただ一点に視線を向けていて、同じように向ければ、私が一番憎む相手がそこにいた。
「ただいまだぞ。ドロシー、ナナシ!!」
元気よくギンタが帰ってくるけれど、誰も彼らに勝利を祝う言葉をかけることができない。
「生きてやがった……!!」
そりゃあ、バッボの封印が解かれて、同時に彼も目覚めることは分かっていた。でも、目の当たりにするとそのプレッシャーは凄まじい。
「トム!! ヴェストリのトムじゃねーか!!」
「? 何を言っているの?」
思わず口に出してしまう。何でギンタは、あの男に気軽に話しかけているの?
「てめー……何カン違いしてやがる!! ギンタ!! あいつは――チェスの兵隊の司令塔!! ファントムだ!!」
アランさんの言葉でギンタは漸く、彼がどういった人なのか理解できたのだろう。握り拳を作り、大きな声をあげた。
「てめェそこ動くんじゃねェぞ!! ぶっ殺……」
「まて、ギンタ!!」
「動かねェ方がいいのはお前だ! 今のお前じゃ奴にキズ一つつけられねェ!!」
「その瞳に……よく焼きつけるんだ。奴こそ――倒さねばならない最大の敵だ!!」
ピリピリとした感覚が肌に伝わる。私自身も体が思うように動かない。ドクンドクンと心臓が忙しなく動く。絶対に倒さなくてはならない……許してはいけない存在。
「ロラン……上手にできたねェ……褒めてあげるよ」
こちらは心の準備も出来ていなかったというのに、余裕そうに話し始める。
「あ、ありがとうございます……! 光栄です、ファントム……」
「メルやクロスガードの君達もなかなか頼もしい」
ああ、何度見ても不気味だ。彼の表情そのものが。脳裏にあの時のことが蘇ってくる。
「十三人がゲームに興味をもちはじめたようだよ」
ファントムの後ろに、ズラリと人が現れる。禍々しくて、強い魔力が一気に襲い来る感覚がした。
「魔力がケタ外れに強いで……あの十二人」
「ロランも合わせて十三人!! ゾディアックのナイト!!」
「ねぇ。ギンタ! 僕はこの世界が大っ嫌いだ!! 臭くて臭くて堪らない。花も木も石も水も鳥も村も町も山も……でも一番臭いのは――人間だ」
その言葉に、思わず先程会った彼女のことが頭に過ぎった。彼女も、まるで人間を嫌いだと言うようなそぶりだった。
「世界の中心に置くのは常に自分。他者を傷つけ、妬み、嫉み――それでもいつでも自分が正しいと思っている。嫉妬、憎悪、背信、不遜、傲慢、欺瞞……それが人間の本質……醜悪だね……」
もし、彼女がファントムにマインドコントロールをされているとしたら――それさえ破れば、彼女は救えるかもしれない。
「見せかけだけ。皆、馬鹿ばっかりだ。だから全て殺す事を決めたのさ」
ファントムは間違っていると、あなたはまだ正しい道を歩けるのだと、伝えることはできるだろうか。
「チェスの人間はこの世を見限った者が集まった。逆に言えば世界から捨てられた者達ばかりなのさ……だから我々は一つになった」
でも、彼女と次に会えるとは限らない。ウォーゲームに出るかも分からないのだ。もう二度と会わないかもしれない。それなのに、どうしてだろう。また会うような気がする。ちょっと話しただけなのに、どうしてこんなに気になるんだろう。
「……どうかな? 君さえ良ければこちら側の人間になってもいいのだけれど」
「ふざけんな!!」
ギンタの声に、目が覚めるようにハッとした。
何をグダグダ考えていたんだろう。また会えるかも分からない人のことを考えるなんて、馬鹿げている。それに、彼女はチェスの兵隊だ。私が倒すべき相手だったのだ。心配してどうするの。
「てめえのやってる事こそ自己中心的じゃねえか!! オレはてめえをぶっ倒す!!」
「ダンナと同じ事を言うんだね。それ故に哀れだ……」
今目の前に、絶対に倒さなきゃいけない相手がいる。余計なこと考えている余裕なんてないじゃないか。
「これをあげるよ」
そう言ってファントムは何かを投げた。それはギンタの前に落ちていく。見たところマジックストーンに見えたけれど……わざわざ敵にあげるなんて、何を考えているんだろう。
「バッボのストーンだ。強くなって会いにおいで」
ファントムの後ろにいたゾディアック達が消えていく。
「まさか六年前僕が使っていたARMと戦うとは思わなかったな。ねェ、バッボ?」
意味深な笑み……やっぱり不気味だ。
ファントムが去ると、入れ替わるようにポズンが出てきて、明日は休みだと告げた。ウォーゲーム中は三日おきに一日休みがあるらしい。修行できる時間が増えてよかった。まだ終わってなかったから。
「よっしゃ!! ナンパや!!」
「そんな事してる場合かバカ!!」
「やっぱ修行っスよね……」
「その前に、ためしてみてえ事があるんだ!」
ギンタはそう言うと、アランさんとアルヴィスを呼ぶ。そして彼は言ったのだ。
「今からお前達の呪いを解く!!」
吃驚した。ジャックとスノウはきょとんとしていたかと思えば、唐突に“アリス”と叫ぶし、何が何だか分からない。
「ユーリは知らなかったわね。ギンタン、ホーリーの力を創造していたのよ」
ホーリー……治癒、或いは呪いを解くARM。スノウがずっとエドとアランさんを戻す為に探していると言っていたっけ。そして私も……いくつか探したことがある。アルヴィスの呪いを解くARMは無いのかと。
「この力を使えば――エドと合体してるおっさんとアルヴィスのゾンビタトゥも消えるかもしれねェ!! さーっ出番でちゅよ、バッボちゃあーん」
「うはははは。ワシをまたあの恥ずかしいカッコにするってかーうわははははっ」
ギンタがバッボと魔力を通わせ始めた。涼しげな空気は確かにホーリーの力らしい。バッボの姿が変わり、何ともセクシーな女性が現れた。
そしてそのアリスが、アランさんとアルヴィスの呪いを解く。
「うお……おおっ……」
「あっ……ああ……」
犬のエドとアランさんは見事元に戻った。思わず成功だと叫んでしまう。
「やったな犬っコロ!!」
「うぼーっ!! 私も嬉しいデスーっ!!」
「アリス?」
ギンタが違和感を覚えたのか、彼女の名前を呼ぶとアリスは眉尻を下げて首を横に振り、消えてしまった。
「アルヴィス!!」
アルヴィスの体には、まだゾンビタトゥが残っている。
「俺の呪いはファントムにかけられた……奴を倒す以外、消す事はできない……気持ちだけ受けとっておく。ありがとう、ギンタ」
そうだ。やっぱり倒さなきゃいけないんだ。
2014.10.01
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