雨色 | ナノ
13

「……七人」

「どうかしましたか?」

「いや、少ないと思って」

「そうですね。前回に比べれば……」

「圧倒的に少ない。もし私が勝ち進んだとしたら、色んな人と戦いたいと思っていたのに」

少し嫌な予感がする。気のせいだといいのだけれど。

「アオイはどのタイミングで出る予定なんですか?」

「さあ? ファントムが決めるらしいけど、私はナイトに近いビショップってわけでもないし、初めの方に出されるんじゃないかな」

「分かりませんよ? アオイはどこか、贔屓されている部分がありますから」

「それは嫉妬? それとも皮肉?」

「いえ、そうではなく。何となく、ファントムに贔屓されているような気がするんです」

そうだろうか。私には、私に接するファントムと他に接するファントム、どちらも同じに見える。むしろ、ロランの方こそファントムに贔屓されているんじゃないだろうか。

「ほら、ファントムやペタさんはアオイの作るお菓子が好きですし」

「だからって贔屓にしているわけでもないと思うよ。戦闘においては関係ないことだし」

それに、好きだとは限らないし。

そもそも、家にいる時からの癖で夕飯の時間には厨房に立ってしまう。最近ではそれも無くなったけれど、初めのうちはよく厨房にいるコックに怒られたものだ。

それを見て、ペタとファントムが私に時間をくれた。料理をするのは構わない。でもどうせなら、自分達の分も作れ、と。意味が分からなかったけれど、料理をするのは好きだったし、材料も沢山あって楽しかった。

「でも、途中で乱入したコックを倒してしまうのはやめた方がいいと思います」

「乱入して口煩く言うのが悪い。私には私のやり方がある。何より、ずっと料理する様を見ているファントムがうざかった」

私の言葉にロランは苦笑いを浮かべた。

「それについて、ペタさんは何て言っていました?」

「厳重注意だけだった。乱入したコックも悪かったし、邪魔していたファントムも悪かったって。ただ、これからはやりすぎるなよって言われた」

ペタは私に必要以上の会話をしないし、必要以上の会話をしても続かないから、注意だけで終わってしまったけれど。だから、こんなことはただの嫉妬で、酷く幼稚的ではあると自覚しているのだけれど、私はファントムが羨ましくて憎らしい。

「やっぱりアオイは贔屓されていますよね」

「だから、そんなんじゃないのよ」

「ファントムにも、ペタさんにも」

やっぱりそれは違うと思う。ファントムはやけに絡んでくる気がするけれど、ペタはそうでもない。正直言うとペタから話しかけられる回数は私よりロランの方が多いくらいだ。

それなのに私がペタに贔屓されているなんて、とてもじゃないけど信じられない。

「アオイがいたから口煩く言わなかったんだと思いますよ。アオイに注意だけだったのも、アオイが悪いわけではないと分かったからだと思いますし」

「そうだと嬉しいけど。ロランは結構乙女チックだね」

「そ、そんなことないです! 僕はちゃんとした男ですから!」

「分かってるよ」


贔屓ねえ……正直に言うと、それを感じることはある。ペタには感じることはないのだけれど、無駄に絡んでくるファントムと、やけに気にかけてくれるクイーン。

ビショップである私とクイーンなんて殆ど接触することのない二人だけれど、私がチェスの兵隊に入って少し経った頃に二人で話をした。クイーン曰く、私とクイーンは関係ないように見えて関係があるらしい。それがどういう意味なのか、未だに理解してはいないし正解を教えてもらったことなんてないけれど。

今でも時々、クイーンは私と話をする。どれ程成長しただとか、最近あったことだとか、世間話というような内容ばかり。時々クイーンの目が優しくなることがあって、その瞬間はどこか懐かしい雰囲気を感じていた。

「こんにちは、クイーン」

これが贔屓になるのか、ならないのか私には分からない。けれど、ファントムといいクイーンといい、私は少し、贔屓というか特別扱いというか、そういったものをされているような気分になる。

「今回のウォーゲーム、アオイも参加するそうね」

「はい。ファントムが出てもいい、と言ってくれたので」

「楽しみにしているわ。出られない人の分まで頑張って」

出られない人……六年前は私がそれの一員だった。幼かったこともあるけれど、今よりずっと弱くて情けなかったから。

「あなたなら勝てるわ」

「頑張ります」

私の頬に添えられた手は、指先が少しひんやりとしていた。そこから伝わった香りがやけに懐かしくて、少し驚いてしまう。この人の手から伝わる香りを、私は知っているような気がして。

「最近、何か変わったことはあったかしら?」

きっと気のせいだ。私はチェスの兵隊に来るまでクイーンと会ったこともなかったのだから。

「少し前に、ファントムの指示で小さな村の壊滅に行きました」

「そうそう。確かその時のお土産で作ったフルーツタルト、とてもおいしかったわ」

「ありがとうございます」

今でも、あの村を壊滅させた意味が私には分からない。ファントムが言うのだから必要なことだったのだとは思う。ただ、そう遠くない未来で、私があの村を壊滅させたことによって、ペタが喜んでくれるのなら何だってしたいと思うのだ。

「あまり、あなたを振り回さないように言っておくわ」

「クイーンの手を煩わせるわけには……」

「いいのよ。あなたは私の、“妹”みたいなものなんだから」

妹という言葉は、懐かしい響きだった。これは気のせいではなく、確かにそう思う。

それは、私には年の離れた姉がいて、私自身が妹だったからだろう。その姉が今どこにいるのか分からないし、多分もうこの世から消え去っているのだろうと思うけれど、こうして妹みたいと言われてしまうと、私はずっとそうなんだと思えてくる。

私はいつまで経っても子供なのだろう。

「そろそろ時間ね。また今度話を聞かせてちょうだい」

「はい。それでは失礼します」

私がクイーンの部屋を出ていく時、視界の隅にはクイーンの他に人が立っていて、いつの間に部屋に入ったのだろうと気になった。


他の誰かが部屋に入ったことに気付かないなんて。それにクイーンも何も言わなかったし、あの人は一体誰なんだろう。視界の隅だったからハッキリと顔が見られなかった。

でも、そこに誰かがいたのは間違いないはずだ。そんな、人ならぬものがいるはずもない。この世に人ならぬものなんてファントム一人で充分だ。

きっとあれは使用人か何かに違いない。クイーンだもの。ビショップの私には到底縁のない使用人くらい雇っていても不思議ではない。

でもやっぱり、いることに気付かなかった、入ったことに気付かなかったなんて、あの人は一体どんな修行をしたのだろうか。


2014.08.24

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