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「傷付けられたから傷付けるの?」
「違うよ。この世界はあまりにも醜いから浄化するんだ」
三角の帽子を被った男――ペタによってディアナの部屋に再びやってくると、彼はどこかへ行ってしまった。そして、私はディアナとファントムにチェスの兵隊の説明を受ける。どんなに説明を受けたって、どんなに説得されたって、彼らのしていることはあの村人達と同じだと思った。
でも、仕方のないことなのかもしれない。
両親は使命を全うしていたけれど、一つの命を守れなかった。それは罪なのかもしれない。でも、私にとってはたったそれだけ、と言う認識をしている。だって、たったそれだけで、両親は殺されたのだ。何度も謝って、何度も償うと言っていた両親を、殺気に満ちた目で見て、挙句に殺される。
そして私は売られ、妹は酷い目に遭っているかもしれないとくれば、この世は酷く汚れているのかもしれない。
「ねえ、アザミ。あなたはカルデアを出て、生き辛いと思わなかった?」
とても生き辛かった。息苦しかった。村人達の冷たい目が突き刺さる中、何でもないような顔をして暮らしていくのはとても辛かった。
「カルデアの掟も厳しすぎると思うわ。私は、それを変えたい。その為には世界を破壊して、浄化する以外ないのよ」
既に形成された世界を変える為には、一度壊して作り直す必要がある。
「分かってちょうだい。アザミ」
普通は、変えたいと思っても壊そうとは思わないのに。ディアナ、あなたは変わってしまったのね。
「アザミ、朗報だよ。君の妹が見つかった」
思わず目を見開いた。そしてすぐに声の主を見つめる。通信用ピアスで連絡があったらしく、彼はその子の様子を事細やかに教えてくれた。
髪色、瞳の色、肌の色、それだけでも妹の可能性があった。それに加えて、ボロボロの衣服に傷だらけの手足という情報は、私の不安が的中してしまったことを意味していた。
「君の妹は一緒に来るそうだ。君の答えは、それを待ってからでもいいんじゃないかな」
ああ、私の大事な妹……守れなくてごめんね。一緒にいてあげられなくてごめんね。でも、生きていてくれただけで、私はとても幸せよ。早くあの可愛い笑顔を見せて。
「じゃあ、君は僕らの仲間になりたいと思うんだね?」
あの子は私の妹だ。感じる気配も魔力も、髪の色も瞳の色も、目鼻立ちも一致している。でも、私が知っている妹じゃない。
キラキラ輝く瞳はどこへいってしまったの? 誰にでも笑顔を向けていたのに、どうしてそんなに無表情なの? チェスの兵隊が何かを聞いたのに、それでも入りたいなんて思うの?
私が一緒にいてあげられなかったから? 私が守れなかったから?彼女は……妹は変わってしまったというの……?
「世話係はペタに頼もうかな」
「私、ですか?」
「どうやら彼女が一番心を開いているのが君みたいだからね。任せるよ」
「はい」
キュッと、ペタの服の裾を掴んでいる妹は、私の知っている妹じゃなかった。
「あの子はここにいると言った。じゃあ君は、どうするんだい?」
ペタと妹が部屋を出ていくと、物陰から見ていた私に声をかけてくるファントムは、分かっていて問うてくる。
「私は妹を置いて出ていけない。あの子はもう、私の知る妹じゃなかったけれど、それは私が守れなかったせいだから」
「それじゃあ理解してくれるってことかな」
「理解? いいえ、妥協よ」
正しい道に導くことはもうできない。私が守ってあげる必要もなくなるのかもしれない。でも、それでも私は彼女を見守る。責任や義務じゃなく、あの子の姉として、あの子を愛する者として。
「あの子がここにいると言ったのだから、私もここにいる他ない。ただ私が、妥協するだけ。だって私は――アオイのお姉ちゃんなんだから」
世界は浄化すべきだと言うディアナの思考も、ファントムの思考も、別に否定しない。アオイだって村人達に酷い目に遭ったのだ。見れば分かる。それを見れば、私だって黙っていられない。
アオイが世界を壊すのなら、私も壊そう。アオイが人を嫌うのなら、私も嫌おう。アオイが世界を浄化すべきだと思うのなら、きっとそうなのだ。
「僕、アザミのそういうところ好きだなあ」
思わずファントムの方を見る。
「ああ、勿論。恋愛感情の意味でね」
「そんなこと聞いてない」
「初めに見た時から好きだったんだ。君の目が」
何を言っているんだろう。頭でもおかしくなったのだろうか。ああ、それは元からか。
「絶望的状況で、どこにも行くあてがなかったのに、自由になれたことがまるで希望だとでもいうような目をしていたね」
初めて会ったのは、人身売買の馬車が横転した時か。そういえばあの時、魔力がしたと言っていた。私の魔力を感じたのだと。
「絶望と希望を繰り返す君の目が、面白かったんだ」
もし、馬車を襲った理由が“魔力を感じたから”なのだとしたら、私がカルデア出身で、ARM使いだったことに何か意味があるのかもしれない。
「じゃあ、私は今、どちらの目をしているの?」
「そうだね……まるで、これまでの人生を悔いて、これからの人生は絶望そのものだと言っているみたいだ」
私が両親の元に生まれたこと。生まれた町がカルデアだったこと。ディアナと友人になったこと。ARM使いだったこと。両親と共にカルデアを去ったこと。引っ越し先があの村だったこと。妹が生まれたこと。
それら全てが、今私がここにいる為の要素だとしたら、私は自分の運命を恨むだろう。
もし私の人生がやり直せるのなら、まず私は、私が生まれる前に自分を殺すだろう。
「チェスの兵隊にいるのだから、希望なんて微塵もないでしょう」
「フフ……僕は君が――君のその目が好きだよ」
2014.08.10
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