雨色 | ナノ
10

どうせ行くあてもないのだから、と着いてきたはいいけれど、そこは薄暗くて気味の悪いところだった。

「クイーン、新しい子を連れてきましたよ」

ここに来るまで説明を受けているけれど、とにかくこれからどんどん大きくなる組織らしく、彼はまずクイーンとやらに紹介すると言った。勿論、彼の名前も聞いている。ファントムと言うのだそうだ。

「そう」

「人身売買の馬車を気紛れで襲ったら、行くところがないとかで」

「あなたはそうやってすぐ人を連れてきてしまうわね」

「すみません」

聞き覚えのある声。けれど、少し冷たい感じ。どうしてだろう。懐かしいのに、知っている声のような気がするのに、その人でなければいいと思ってしまう。

「この魔力……あなた、アザミ?」

この声を聞き間違うはずがない。この気配を間違えるはずがない。ファントムにクイーンと呼ばれた人は、私がよく知る人物――ディアナだった。

「ここ数年、帰ってこないと思えば……人身売買? あなたの両親は何をしているの?」

「……殺されたわ。村人達に。それで私、その人達に売られたの」

スッとディアナの目が細められる。そっと頬に手が宛がわれ、ゆっくりと撫でられた。口元を覆っていたマスクを取って、心配そうな顔で私を見た後、心底嬉しそうに言葉を放つ。

「辛かったわね。でも、よかった。あなたが無事で」

思わず涙が溢れる。懐かしい顔、懐かしい声、懐かしい香り……彼女の温もりが全て懐かしくて、漸く私は帰ってこられたような気がした。

「クイーン、知り合いだったのですか?」

「ええ。カルデアの友人よ。とっても大事な――私の愛しい友人」


事情を全て説明すると、もう二度とその村には行かないように言われた。奪われたARMは幸い貴重なものはなく、それらは全て家に隠されていたから、ファントムや他の人が取りに行くと言われた。

そして私は、いよいよ話さなくてはならない。彼女に、妹の存在を。

「ディアナ」

「なに?」

「実は、妹がいるの」

「え?」

驚いた表情で私を見つめるディアナは、暫くそのままでいると我に返ったのかゆっくり口を開く。

「いつ?」

「もう、七、八年くらい前。カルデアを出る前から妊娠していたらしくて……それで、妹はまだ村に……」

「そう。でもアザミ、もしかしたらもう……」

「分かってる。きっと無事じゃない。無事でいてほしいと思っているけれど、私の両親を殺すような村人達が、あの子に何もしないわけがない。だから心配で……お願い、ディアナ! 妹を助けて!」

私には彼女しか頼れなかった。妹の存在を隠していたのに、助けてなんて図々しいのかもしれない。でも、あの子を助けてくれたら、私はディアナの力になるつもりだ。

「アザミ、あなた……」

「あの子を……あの子だけは……」

どうか無事でいて。お願いだから。

「分かったわ。アザミの頼みを私が断るはずないでしょう?」

「ありがとう、ディアナ」

「だからもう泣かないで。アザミは笑っているのが一番よ」


そうして妹の捜索が始まった。村のことを思い出すだけで吐き気を催してしまう私から、村の情報を得ることは難しくて時間がかかったけれど、それでもファントム達は妹を探してくれた。

ファントムの傍にいるペタとか言う男も、少し不服そうではあるけれど探してくれているようだった。

ディアナがいるこの組織は、チェスの兵隊と言うらしい。汚れた世界を綺麗にする為に組織されたと言っていた。優しいディアナのことだから、きっとボランティア集団なのだと思う。ここに所属している人達はどこか怖い、柄の悪い人達が多いけれど、そういう人程優しいと言うこともあるし、きっとそうなのだろう。

「クイーン」

「何かしら?」

「彼女、僕らをボランティア集団だとか思っているんじゃありませんか?」

「そうでしょうね」

ある日、一人でいると気が滅入るからディアナと話でもしようと彼女の部屋を訪れれば、先客がいたらしく話し声が聞こえた。この声は、私を連れてきてくれたファントムと言う男だ。

「純粋な子ですね。僕らがしていることを知ったらどうなるのか……やっぱり驚いてしまうんですかね」

「怒ると思うわ。あの子は優しい子だから、それは間違っていると言うわね。でも私は、それでもやめるわけにはいかないのよ」

「そうですね」

ファントムと話す時、ディアナの声音は少し冷たくなる。私の知らないディアナがそこにいて、私の知らない話をしているのだ。

「チェスの兵隊は、この世界を浄化する為にある。この世の全ての汚いものを排除する為に」

ドクンッ、と心臓が跳ね上がった。言っていることは私に説明してくれたことと変わらないはずなのに、その対象が違うように思えたから。

「でもきっと、隠し続けることはできないわね。あの子は頭がいいから、徐々に気付いてしまう」

「それなら直接言われては? クイーンには信頼を寄せているようですし、彼女もクイーンの言葉なら納得できると思いますよ」

聞いてはいけない。妹が戻って来たら、無事だったら、ディアナの力になろうと思っていたのに、どうして胸騒ぎがするの。

「アザミ、そこにいるわね?」

再びドクン、と心臓が跳ね上がる。ここにいることが気付かれてしまった。否、彼女のことだからずっと気付いていたのかもしれない。

「入ってきて。聞いてほしいことがあるの」

いつものディアナの声音じゃない。ファントムと話す時の、冷たい声音。聞いてはダメ。そう思って、思わず私は逃げ出した。行き場もないのに。


「なかなかの判断力と瞬発力だが、まだまだだな」

また呆気なく捕まってしまった。なんて弱いのだろう。それとも、彼らが強かっただけ?

「あなた、ペタだっけ? ファントムに言われたの?」

「ああ」

「妹を探してくれるのはなぜ? それも、ファントムが言ったから?」

「そうだな」

ああ、なんて無愛想なやつ。


2014.08.03

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