雨色 | ナノ
09

魔力を嫌う村。高い魔力はいらないのだと言う。そんな村に引っ越して、両親は付近をうろつく獣を調べるのだそうだ。わざわざ長老に許可を得て、家族で引っ越しするとは思わなかった。

それから一年後に、妹が生まれることだって予想できなかった。


村人達は冷たい。魔力の高い私達は、その魔力で獣を惹きつけてしまうから。基本的に深く関わらないようにしているみたいだった。そんな村が大嫌いで、引っ越してから数ヶ月後、私は度々アンダータを使って引っ越す前――つまりは故郷に帰るようになった。親にも内緒で。

そこは魔力の高い人間が多く、そこにいれば私は浮かないでいられた。何よりそこには、大事な友人がいるのだ。

帰るとすぐに来てくれて、おかえりと言ってくれる。その言葉はとても心地良くて、私は彼女も、まだ喋ることも一人で動くことも出来ない彼女の妹も大好きだった。

「アザミ、この間は帰ってきていないわね。どうかしたの?」

「親の手伝いで忙しくて。次もいつになるか分からないの」

「そう……でも、いつでも帰ってきていいのよ。ここはあなたの故郷なのだから」

「うん」

一人っ子だった私にとって、彼女は姉のような存在だった。彼女の妹は私の妹みたいなものだ。そう思える程に、私は彼女を信頼していた。

それから数ヶ月後、母親が一人の女の子を産む。私が親の手伝いで忙しくなったのもそれが理由だった。友人に話さなかったのは、私の家族が受け入れられないかもしれないと思ったから。信頼しているけれど、私の故郷は掟が厳しいから、それが心配だった。

赤ん坊は小さくて泣き虫で、ちょっとしたことでぐずってしまうけれど、初めて私の指を握って笑ったこの子を見て、私はこの子を守らなければならないのだと思った。否、守るべきなのだと。

村人からも、故郷の掟からも。この世の全てから守るのだと。


それから数年後、すくすく元気に育った妹は愛らしく、小さな足音を立てて家の中を動き回る。5歳を過ぎた頃から、彼女から魔力を感じ始めた。両親の影響だろう。聞けば、妹を妊娠したのはまだ引っ越す前の頃だったらしい。

それなのに、どうして引っ越したのか今でも不可解だけれど、両親は両親の思うところがあったのだろうと思う。

この村で産まれた妹は村人達に受け入れられた。彼女がお使いに行けば優しく接してくれた。それに少し安心すると共に、底知れぬ不安も覚えて、私は極力村の人と会わないように言った。

そうして数年を過ごしたある日、私の不安が現実になる。

妹のお使いを見届けて、先に家に戻った時だ。扉を開けた瞬間、生臭いにおいが鼻についた。見れば赤い床と壁、そして倒れている両親がいる。

ゾクッと悪寒が走った。すぐに駆け寄って確かめたけれど、両親共に息絶えていて、乾き始めた血が経過した時間を物語っていた。体には刃物の痕があり、大きさからして斧だろう。私はすぐに妹を探しに家を飛び出した。

妹はまだ知らない。両親の死と、村人達のしたことを。早く見つけなければ、村人達より先に、妹を――。


「この女もだ」

「運よく家にはいなかったが、捕まえられてよかったな」

村中を走ったのに妹は見つからなくて、足が疲れて地べたに座り込んだ時、自分を覆う影のようなものに気付いて顔を上げた時には遅かった。殴られて気絶したのだと思う。気付けば大きな布袋のようなものに入れられたらしく担がれている。動きが止まり、袋から出されると、ジロジロ見られた後に交渉し始めた。

「言っていた通り。これが金だ」

「ああ」

――そうか、私は売られたのか

そう理解するのに時間はかからなかった。再び担がれて、荷台らしきところに放り込まれる。抵抗する力すら沸かずに、ただただ村人達への絶望と、今頃どうなっているのか想像もつかない妹のことで頭がいっぱいだった。

いっそ、私と一緒に売られたなら、一緒に逃げてしまえるのに。

生きているのなら、どうか無事でいますように。あの村から逃げて、出ていって。そしたらきっと、もっと優しい人があなたを助けてくれるはずだから。

妹のことを考えれば考える程、涙が溢れて止まらなかった。もう守れない。守ってあげられない。あんなに小さな妹を、まだ魔力のコントロールも、ARMさえも使えない妹を、守ることが私の役目だったのに。

「おねえちゃん、だいじょうぶ?」

まだ、妹よりも小さな女の子がそう言って私の腕を撫でた。自分だって売られたのに、人の心配をするなんてどれ程心優しい子なんだろう。村人達がそんな大人だったなら、こんなことにはならなかったのに。

「いたい?」

「……うん」

「どこ? あのね、こうやってさすると、いたくないの」

「お姉ちゃん、胸が痛いのよ……心が、痛くて痛くて仕方ないの」

こんな小さな子に、私は何を言っているのだろう。

「こころがいたいときは、こうするといたくないの」

そう言うと、頭を撫でられる。久しぶりに撫でられて、もっと涙が出てしまった。

「ごめんね……ありがとう」

一通り泣き終えて、漸く頭が冷えてきた頃、どうして村人達が両親を殺し、私を売りとばしたのか考えてみた。思い当たるのは一つしかない。

つい最近、私達の魔力に反応した獣がやってきて、一人の村人――確か私と同じか少し下くらいの子供が獣の食い物にされた。その子供が村長の子供だったらしく、両親が酷く嘆いていて、この事は故郷に帰った後に報告するらしく、日記にまとめていたのを覚えている。

原因はきっとそれだ。でも、こちらが悪かったにせよ、殺すことはないじゃないか。もしかしたら、妹も同じ目に遭わされているかもしれない。

そう思うと居ても立ってもいられなかった。けれど、私は移動する荷台の中。今自分がどこにいるのかさえも分からなくて、たまらず目を閉じた。


数時間すると、馬の鳴き声と共に急ブレーキがかかる。突然止まったせいか、荷台が傾き重力に従って横転した。他の売られた子達は、完全に動きが停止するとのそのそとした動きで荷台から出ていく。それに続いて私も出ていくと、馬を操縦していただろう男が倒れていた。

そしてその男の近くには、別の男が立っていた。

「君達がこれからどうなろうが僕には関係ないけど、とりあえず逃げたければ逃げるといいよ」

そう告げると、不気味な笑みを浮かべた。

売られた子達は戸惑っていたが、男が何もしないのを見てその場を離れていく。どこにいるのかも、道も分からないだろうけれど、どこか村や町に行ければ助かるかもしれないと思ったのだろう。

「君は逃げないのかい?」

「逃げる意味がないの」

ここがどこだか分からない。気絶していた間にARMを奪われたらしく、私には帰る場所も術もなかった。

「魔力を感じると思えば、君からだったんだね」

この人、ARM使い?

「行くところがないなら、来るかい?」


2014.07.27

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