08
アルヴィスが呼んだという異世界の少年――ギンタは少々厄介事に首を突っ込む癖があるのか、或いは彼自身が厄介事を招いてしまうのか。分からないけれど、とにかくかなり危なっかしい。
おかげで再会できた人もいるけれど、それでも少しは自重してもらわなければ。私が彼らと出会った時から既に三人も仲間が増えている。私を含めれば四人だ。
見たところ、バッボに異変はない。むしろ、ギンタと共にチェスの兵隊を倒すとまで言っている。ますます驚いた。前の邪悪さは一体どこへ行ってしまったというのか。
私もギンタに毒されてきたのか、この緩い雰囲気に馴染みつつある。これではアルヴィスとの約束を果たせない。もっとしっかりしなくては。
なんて思っていたのに、早速また厄介事。
「キミら、チェスの兵隊やろ?」
ロングヘアーの片目を隠している男性に立ち塞がれる。その前に私達は乗っていたマジックカーペットを槍で撃ち落とされているのだけど、恐らくそれも彼――否、彼らの仕業だろう。
そしていきなりのチェスの兵隊呼ばわり。ああ、厄介事だ。
「死刑や」
「俺達は“メル”だ!! チェスはお前らだろが!?」
「あーん?」
ギンタの言葉に少し考えるそぶりを見せる男性は、暫く黙ると口を開いた。
「自分、何か勘違いしとった?」
「俺たちゃチェス倒そうとしてんだ!!」
中には子供みたいな人もチェスの兵隊だったりするけれど、基本的に彼らは大人の場合が多い。それを踏まえれば、私達みたいな女子供だけの旅人をチェスと勘違いすることはまずないはずなのだけれど、彼らにものっぴきならない理由があるのだろう。
ギンタはとりあえず落ち着いてくれないだろうか。
「自分らもチェスやあらへん! 盗賊ギルド“ルベリア”や!」
見たことのあるエンブレムが見えるかと思えば、彼はそのボスらしい。ボスにしては少し若いように見えるのだけれど、まあ大して気にすることでもないだろう。一応謝ってくれたし。まさかギルドに招待されるとは思わなかったけれど。
「なる程のぉ……レスターヴァのお姫様に異世界の住人……チェスの要が持っとったヘンテコARM。あいつらから狙われるわけやね!」
本当、これだけ揃っていれば厄介事も増えるわけだ。まあ、今回は悪いことでもなさそうだからよかったけれど。
「そんで逃げるんやなく、戦うために結成されたんがメル、か!」
「この世界を助けてやるんだ!! この美しい世界を!」
「美しい……少し遅かったかもしれんのぉ」
盗賊ギルド「ルベリア」のボス――ナナシが使ったのは恐らくマジックストーン。それは光を放ち、各地の様子を映し出した。それに思わず目を見開いて、言葉を失ってしまう。
「これが、今のメルヘヴンと言ってええ」
ナナシの言葉は耳に届くのに、スッと抜けていくような気がした。ドクン、と聞いたこともないような音で心臓が鳴る。呼吸すら忘れてしまう程に、その村の様子が酷かった。
「ユーリ、どうしたの?」
私の異変に気付いたのか、レスターヴァのお姫様であるスノウが気を遣って問うてくれた。もし何も言われなければ、私はここから動くことさえ出来なかっただろう。名前を呼んでくれて漸く我に返ったような気がした。
それでも、村の様子は変わらない。
「……この村、私が生まれ育った村なの」
「えっ!?」
「ここは……小さな村やな。確かおいしい果物で有名やった」
「私がいない間に……私がいなかったから……」
再び心臓が忙しなく動く。落ち着いたはずのそれは、心配になる程ドクンドクンと。徐々に力が抜けていくような気がした。
「違う!! ユーリのせいじゃない!」
「そうっスよ! これ全部、チェスの兵隊がやったんだ……」
必死に励まそうとしてくれてる。それなのに、落ち着くどころかますます酷くなるばかりだ。
だって思ってしまった。私がいても、例えその場に私がいて、戦ったとしても、きっと勝てなかった。だって私は、まだ弱い。
きっと守れなかった。同じことになってた。でも、やっぱり、私がいたらまだマシだったかもしれない。結局、どっちだろうと村を守れなかったのかもしれないけれど、それでも、大好きな村が知らないところで壊れてしまうのなんて嫌だ。
「見せたいもんがある。来てみい」
ナナシは私に気を遣って、休んでいるよう言ってくれたけれど着いて行った。甘えてられない。こんなことになるかもしれないって心のどこかで思っていたんだ。それが現実になってしまっただけ。
「ルベリアの同志達の――墓や」
私は村を失って、ナナシは同志を失った。どちらがより大変だとか悲しいだとか、そんなことは思わない。同じ、大切なものを失った人だ。
「自分は……ヤツらを絶対に許さへん」
ナナシのその言葉を聞いて、漸く心臓が落ち着いてくれたような気がした。ここに、目の前に、失ったものの為に戦う人がいる。失ったものは違うけれど、私だって彼と同じように戦うことができるはずだ。
六年前も思ったじゃないか。今度は絶対にチェスの兵隊を倒すって。私達の手で、彼らを倒すって。
忘れたことなんてなかった。その為の修行もした。まだまだ私は弱い。でも、それでも、壊された村の為に戦いたい。
「……私も」
黙っていた私が急に話し出したからか、ギンタ達がこちらを見る。
「私も、壊された村の為に戦う」
彼らを倒す理由が、一つ増えた。
2014.07.20
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