あなたが好きなのです | ナノ

嫌な夢を見た気がして目が覚めた。

「何か鳥肌が……」

起き上がって腕をさすると、もうとっくに日が昇っていたことに気が付いた。朝寝坊してしまうなんてペタに怒られてしまう。早く支度しなければどんな小言を言われてしまうか……考えただけでも頭が痛くなってきた。


「たった一度の寝坊くらいで怒ると思うのか」

「ペタなら小言の一つや二つ言ってくるんじゃないかと思ってた」

「御期待通り言ってやろうか」

「御遠慮します」

特に小言を言われることも無くペタは私に仕事を渡す。珍しいこともあるもんだ。私が寝坊するのも、ペタが小言を言わないのも、やけに仕事が少ないのも。だけどそうなるって私は分かっていたような気がする。だから呑気に朝ご飯なんて食べちゃって、急いでいるはずなのに歩いてペタの執務室までやってきたのかもしれない。

でもいくら考えたって前にもこんなことがあったとは思えないし、ペタも“たった一度の寝坊”と言っていることから私の気のせいだろう。それに量が少ないとは言えそろそろ仕事を始めないと流石に怒り始めそうだ。


仕事がある程度終わって休憩していると、まだまだ大量に残っている仕事と睨めっこしているペタが視界に入った。あんなに沢山あるのに、それの三分の一にも満たない量しか私はしていない。と言うかペタに渡されていない。いつもならもっと渡しているのに、やっぱり今日のペタは変だ。熱でもあるのだろうか。

そう思って手を伸ばすと、何だと言わんばかりに顔を上げて私を睨んできた。昨日も夜遅くまで起きていたのだと分かるくらいには目付きが悪い。普段の目付きが良いかと聞かれれば答えはノーだけれど。

「何だ」

「いや……仕事が少ないから、熱でもあるのかなって」

「ほう。お前はそんなに仕事をしたかったのか。それはすまなかったな。ならこちらも頼むとしよう」

墓穴を掘ってしまった。見事量を増やされてしまったところで私の休憩時間が終わりを告げる。諦めの意味を込めて溜息をついてから再びそれに取り掛かると、何だか違和感を覚えて顔を上げた。そこにはやはり書類と睨めっこをするペタがいて、いつもの顔だしいつもの事だ。だけど私はそれに酷く違和感を覚えてしまって、思わずペタの顔を凝視してしまう。

「今度は何だ」

私があまりにもペタを見つめるからかイライラさせてしまった。また仕事が増やされてしまう。そう思って慌てて首を振って顔を下に向けた。

何故だろう。今私がこうしてペタに対して、まるでただ同じチェスの兵隊だと言うだけのような……そんな関係に思えてくる。いや、それで合っているはずだ。私が彼の仕事を手伝ってるのは他に出来る人間がいなかったからだし、そうでなければ関わりなんて殆ど無く私はチェスの兵隊のビショップとして町なり村なりの破壊活動をさせられていたはず。だから彼と私の関係は、同じチェスの兵隊のナイトとビショップ。ただそれだけのはずだ。

それなのにどうして違和感を覚えてしまうんだろう。

「仕事に集中できないのならまだ休憩していても構わないんだが」

「え?」

「先程からこちらをチラチラと……こっちが集中できぬ」

「ごめんなさい……」

だけど休憩したところで私が集中力を取り戻すかと問われればそれは違う気がする。疲れているから集中できないわけじゃなくて、ペタに違和感を覚えてしまったから集中できないのだ。

「私、別の部屋でやってくる」

「そこまでしろとは言っていないだろ」

「いや、そうじゃなくて……私が集中できないから一人になりたいの」

「そうか」

ペタが納得してから立ち上がり、先程貰った仕事を纏めて腕に抱いて部屋を出た。さっきペタが一瞬焦ったように見えたのは気のせいだろうか。閉じられた扉を軽く眺めながらそう思うと、一体どこで仕事をしようか考えながら歩き出した。


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