居場所が無かった自分に、居場所を与えてくれた彼を好きにならないはずがない。差し伸べられた手は冷たくても、どこか温かさを感じた自分の直感を信じてもいいと思った。そうして次第に彼への愛情を募らせていったアオイは、ただ好きでいるだけで幸せだった。例え彼が自分を見なくても、例え彼が自分を嫌いでも、自分が彼を好きだと言う事実がアオイには幸せだったのだ。
そんな幸せな日々が続けばいいと心の奥で願う。自分の好きな人達に囲まれて暮らす世界はきっと幸福感で満ち溢れていて、汚れていた過去の自分を全て洗い流せるのだろうと考えていた。
その日、アオイが見知らぬ女性に殺されるまでは。
それは唐突で、それでいてあまりにも理不尽な攻撃だった。姿どころか顔も声も知らない相手に、いきなり現れて前から突き刺されるなんて流石のアオイも予測できるわけも無く、無力にも倒れ込んだ床に飛び散った赤い液体に眉を顰めながら、薄れゆく意識の中浮かんだ愛しい顔に心の中でさよならを告げた。
しかし次の瞬間、彼女は何の記憶も無く目覚める。既に過ぎ去ったはずの日付に違和感を覚えることも無く、いつも通り起き上がって支度を始めた。それが終われば朝食を取り、そして食休みの後にはアオイが愛しいと思う人間と仕事がある。彼女はそれをいつも通りこなしていくのだ。
何もかもが同じだった。交わす会話も、受け取る書類の枚数も、始める時間も終わる時間も、途中で出てしまった欠伸のタイミングも、ペンを走らせるスピードも、風が吹く音も、全てが同じように見えた。しかし存在したはずのそれがアオイの中には無かったのだ。彼への好きと言う感情が。
(何か、変だな……)
そう思いながらも既に一度過ごした日々を同じように過ごしていく。無意識のうちにそうなったのだろうが、アオイにとってはそれが感情を取り戻す術だった。次第に彼への好意に気付いていって、それを示すようになっていく。元々ポーカーフェイスである彼女の感情は、他人には少し理解しにくいものだったが、彼女を見張る一人の女はすぐに感付いた。
繰り返してしまったことにより、蘇ってしまったアオイを再び殺すべく見張っていたのだが、思わぬところで彼女の気持ちに感付いてしまった女は焦りを見せる。このままでは自分の幸せな未来が無くなってしまう、と。
それならまた殺すしかない。それならまた協力しよう。そしてまた殺され、繰り返される。そんな一つの輪が出来てしまったそれを、止める術など誰も知らず、彼女も、女も、彼も、男も、そして関係無いそれ以外の人間でさえも抜け出せなくなっていった。
飲み込んだ言葉も許されなくて2013.09.01
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