大嫌いな人の話 | ナノ

「これは、完全にまずいかな……」

焼けた塔の大きく開いた穴を覗き込んでいたらトン、と誰かに背中を押された。私はそのまま下へと落ちていき、落ちた衝撃で砂埃が舞う。けほけほと咳き込みながらも一緒に落ちたオタチに怪我はないかと見てみれば、どこか悪い様子も無く元気だった。

それに安心して立ち上がったら、落ちた音で野生のポケモン達が驚いたらしく、私とオタチの周りを囲んでいた。

「ドガース、コラッタ、ズバット……それにブーバー」

いきなり落ちてきた私達を歓迎するなんてことも無く、驚いたのと起こされた怒りを露わにして私達を睨みつけていた。こんなに沢山のポケモンが一度に襲い掛かってきたら私のポケモンを全て出しても対応できない。逃げようにも上がる為の梯子に行くにはブーバーを倒さなければいけないし、流石に落ちた穴を逆戻りなんてことも出来ないわけで。

「どうしよう……」

私が困っていれば、もっと困っているはずのオタチがキリッとした表情を浮かべて私の前に出る。まるで私を野生のポケモン達から守るように。

「オタチ、無理しないで。ここはどうするか考えよう」

出来ることなら傷付けたくない。私の不注意でこうなってしまったのに、それに巻き込まれただけなのに。また私は、自分が嫌いになっていく。

そう思っていれば野生のポケモン達が雄叫びにも似た鳴き声をあげた。恐らく私達に対しての威嚇だろう。そして一匹のブーバーが襲い掛かってきた。

咄嗟にモンスターボールを持ってオタチを中に仕舞おうとした。けれど突然放たれた光にそれを遮られて動きを止めてしまう。オタチの身体は光っていて、その姿がどんどん大きくなっていった。

「オオタチ……」

オタチの進化系であるポケモンの名前を呟く。光が治まるとそれに応えるかのように鳴き声をあげた。どうやら野生のポケモン達も驚いているようで、襲い掛かっていたブーバーの動きが止まっている。オオタチはそれに気付くと素早く穴を掘ってブーバーに攻撃をした。

「待って、オオタチ!」

穴を掘るなんてそこまでの威力は無いはずなのに、オオタチのそれでブーバーは倒されてしまう。それに待ったをかければオオタチは動きを止めてこちらを見た。

「無闇に攻撃しちゃダメ。今回は私達が悪かったんだし、相手を刺激しちゃダメだよ。だから、」

大人しくなる方法しかない。

「下に向かってかわらわり!」

格闘タイプじゃないオオタチでは威力が落ちてしまうけれど、それでもポケモン達の動きを止めるには十分だった。浮かんでいるドガースやズバットには効かなかったけれど、素早いコラッタとここにいるポケモンの中で一番大きいブーバーだけでも封じることが出来れば十分だ。

急いでオオタチと梯子に向かって登る。一階へと出れば地下よりも大分明るくて思わず目を細めた。すると見覚えのあるゲンガーがこちらにやってきて、ニシシッと笑う。

「ゲンガー……?」

「ユキカちゃん、大丈夫だったかい?」

「え……マツバさん!?」


彼の話によれば、焼けた塔にやってきてみれば私が大きな穴を覗いていて、その後ろに怪しい人物がいたから様子を見ていれば怪しい人物が私の背中を押したそうだ。その人物をゲンガーやゴースト達が捕えて、下の様子を見れば私が沢山のポケモンに囲まれているのが見えて助けに行こうとしていたらしい。

「そしたらオタチが進化し始めたから、助けに行くタイミングを失ってしまってね……」

「いえ、ご迷惑をおかけしました」

驚いたことに、私の背中を押したのは女性だった。ゴースト達に捕えられて身動きできないでいるのに、その目は私を鋭く睨んでいる。私は彼女に何かしてしまったのだろうか。会ったことない人だけれど、知らず知らずに迷惑をかけてしまったのだろうか。

「えっと……」

「ユキカちゃん」

「は、はい」

私が女性と話をしようとした時、マツバさんに名前を呼ばれて振り返る。マツバさんはいつも通りの笑みを浮かべていて、少し黙っていてと言われているようだった。

「彼女は君が憎いそうだよ」

「え?」

「今日ユキカちゃんが焼けた塔に入っていくのを見て跡をつけたんだって」

私は見ず知らずの人にまで嫌われてしまうのか。これじゃあしょうがないな。

「それで、ユキカちゃんの事が憎い理由は……」

「だってあんた、いつもいつもマツバさんと一緒にいてっ……!」

マツバさんの声を遮って女性がそう言った。今は人がいないからかやけに声が響く。女性は悔しそうに、辛そうに声を放った。

「そんな地味なくせにっ……バトルの腕だってそこそこのくせにっ……私はマツバさんから話しかけてもらったことなんて無いのに!」

とうとう女性は泣き出してしまった。

私がマツバさんと話すことによって悲しむ人がいる。辛い思いをする人がいる。それだけで私は罪じゃないのだろうか。それだけで私はここにいられる理由を全て奪われた気がした。

「うるさいなあ……」

顔が俯きかけた時、いつも聞いている声とは少し違ったものが耳に入った。ここには三人しかいないはずで、あとはポケモンしかいないはずで、その低い声は私でも無ければ泣き出した女性でも無くて、確かに目の前にいるマツバさんから放たれたものだった。


2013.08.04

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