大嫌いな人の話 | ナノ

――眠れなかった。

そう小さく呟いてから出たのは深い溜息だった。

ユキカちゃんにばれてしまった。直接的な否定はせずにそれを流したけれど、彼女はもう確信している。恐らくそのせいだろう。目を閉じればあの時のことが鮮明に浮かんでくるのは。


「ミナキくん、そろそろ僕の家じゃなくトレーナーならトレーナーらしくポケモンセンターに泊まってくれないかな?」

「なんだ、いいじゃないか。ここの方が資料を見るに適しているんだ」

そう言いながら朝食を食べるミナキくんを見て溜息をつく。

「そういえばマツバ」

「何?」

「お前が人間嫌いになったのはいつ頃だったか……」

その話か……今は思い出したくない話だな。ミナキくんだって気を遣ってないわけじゃないと思うけど、昨日あんな話をしたから気になってしまったんだろう。

「きっかけは幼い頃のことだね。周りが勝手に期待して勝手に落ち込んでいるから嫌気が差したんだよ。まぁ僕自身は今だってホウオウに選ばれる為に修行してるけど」

出来ることを褒められそれ以上を望まれ、出来もしないことをやらされる。出来なければがっかりされ、偶然出来れば過剰に褒められる。そう言う人間の中で何を学んでも何も身に付かないと思った。でも修行することによって僕が強く望むホウオウに出会えるならそれでもいいとさえ思っていた。最初はその程度の気持ちだった。

外に出れば知らない人間ばかりだ。そんな人達と打ち解けるには第一印象を良くしなければならない。微笑を浮かべ、優しい話し方をして、最後に大きな笑顔を見せれば大体上手くいった。それと同時に人は見た目しか見ていないのだと知った。

今まで付き合ってきた女性に素を曝け出せば騙されたと言い出すし、酷い時は泣かれたりもしたものだ。そうして人と接していくうちに、気付けば僕は人が嫌いになっていた。どこに行っても、誰を見ても信じることは出来なくて、何を話しても心を開くことは無かった。

「自分でも虚しいとは思うけどね。どうしても信用できないんだ」

「お前は裏と表の差が結構あるからな。しかしそれじゃあいつまでも彼女なんて出来やしないだろう?」

「そうだね。人嫌いとしては作る気も更々無いんだけど……」

彼女、と言う単語に一瞬頭を過ったのはユキカちゃんの顔だった。それはポケモンと戯れている時の笑顔でも無ければ、この間見た作り笑いでも無い……バトルの後の満足していない表情。それを消し去る様に箸を置いて手を合わせる。

「御馳走様でした」

「しかしマツバ」

食器を片付けようと立ち上がった時、同じく箸を置いたミナキくんが僕を呼び止める。まだ何か話があると言うのか、ゆっくり僕の方を見ながら口を開いた。

「お前が言っていた女の子は、お前に期待しているのか?」

そう言われて答えることは出来なかった。彼女はポケモンにこそ期待し信頼するけれど、人にどこまで期待するかなんて知らない。そんな所一度も見たことが無いからだ。よく考えれば彼女はいつも一人だった。傍にポケモンを連れていようと一人だった。時々顔見知りのトレーナーや舞妓さんに会って立ち話をしている姿を見るが、やはり誰かと共に行動している姿を見たことがない。

「俺はこう思う。マツバ、お前は人が嫌いだからこそ、自分を嫌うその女の子が気になって仕方ないんじゃないかと」

まさか、そんなはずは……。いや、確かに気になっていたのは事実かもしれない。何かを隠しているそぶりを見せるユキカちゃんは僕に少し似ていて、だけど少し異なっていた。実際彼女は自分が嫌いということを隠していたけれど、だからと言って彼女への興味が薄れることも無い。それは僕の隠し事に感付かれたからだろうか。それともただ単に気になっているだけだろうか。

もし後者だとして、なら何を気になっている?

「じゃあ俺は資料室に行くが、お前は今日もジムか?」

「え? あぁ、うん。ジムに顔を出したら一度焼けた塔に行く予定だけどね」

ミナキくんは「そうか」とだけ言って食器を片付けると部屋を出て行ってしまった。最後に余計なことを言ってくれたものだ、とは思ったけれど僕自身も気付いていない感情があったことを教えてくれたのには感謝しておこう。


* * * * *


「はっくちっ!」

食器を洗っている最中に鼻がムズムズすると困る。泡だらけの手では抑えることも出来なくて、はしたないと思いながらそのままくしゃみをしてしまった。

そんな私に気付いたポケモン達がゾロゾロとこちらにやってきたけれど、一言「大丈夫だよ」と言えば安心したような表情を浮かべる。それに心が癒されつつ、食器を洗い終われば着けていたエプロンを外した。

「風邪なんてひいてないし、もしかして誰かに噂されてるのかな?」

何だっけ。くしゃみの回数でどんな噂か分かると言うのを聞いたことがあるのに、その内容を忘れてしまった。四回でただの風邪だって言うのは覚えているのに。

「まぁいいか」

そう呟いて出掛ける準備をする。動きやすい服に着替えて、邪魔にならない鞄を用意して、その中にポケモンを入れるモンスターボールや傷薬などの道具を入れて肩からかければ後は動きやすい靴を履くだけ。

「今日は焼けた塔に行こうか」

そう言うと嬉しそうな顔で鳴き声をあげる。そんなポケモン達をモンスターボールに入れてから家を出た。一匹だけ出しておいたオタチは私のすぐ後ろを歩いてくる。それに嬉しさを感じながら目的地である焼けた塔へと向かった。


2013.07.24

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