大嫌いな人の話 | ナノ

絶対にばれないと思っていた。今までばれたことなんて無かったし、家族にも友人にも伝えたことなんて無かった。唯一話していたとすればポケモン達と、今でも情報交換の為に交流をする旧友くらいだ。でもあの子にポケモンの言葉は分からない。大体の人間が自分の手持ちでさえ言葉は通じないのだから。そしてあの子が僕の旧友と知り合いとも思えない。

それなりに人を良く見ている僕だからこそ彼女の秘密に気付けたのだと思っていたけれど、僕と似ているからこそ彼女も僕の秘密に気付いたのだろう。迂闊だった。

「僕の演技はそこそこ上手いと思ってたんだけどなぁ」

「確かに、外にいる時と俺やゲンガー達の前とでは随分と違うな。そんなお前に気付いたならその子はお前と同じように特殊な目でも持っているんじゃないか?」

なんて言いながら古い資料を捲る旧友、ミナキくん。スイクンを追い求める彼はスイクン以外の話題なんて大して興味も示さない。僕にも、他の人にも。だから僕は人が嫌いな僕でいられる。彼の前で僕は素を曝け出しているのだろう。

「特殊な目を持っていたら僕と同じようになっていたと思うし、何よりわざわざ「人が嫌いですか?」なんて聞かないよ」

それに、本当に特殊な目を持っていたとしても、あの子がそれを僕に気付かれずに隠せるほど器用な子だとも思えない。こう言っては失礼かもしれないが、彼女は相当自分を追い詰めているから、人に自分が嫌いと言う事実以外を隠す余裕なんて無いはずだ。

「じゃあその子はお前に惚れているんだろう」

「僕に?」

まさか、そんなことあるはずない。自分が嫌いな人間が他人を好きになるなんて愚か以外の何物でもないだろう。それにあの子が人を好きになるようにも見えないし。

「僕と彼女じゃあちょっと歳が離れてるから、彼女にしてみたら僕は近所のお兄さん程度の認識だと思うね」

(近所のお兄さんは恋愛対象にもなるだろ……)

資料である本をパタンと閉じるとミナキくんは溜息をつく。

(そもそもマツバ自身がその子に惚れてる可能性もあるしな……人間嫌いのこいつがそこまで興味を示すのは珍しいし……)

更に溜息をついたミナキくんはその表情を崩さず僕の方を見てきた。

「それで、ばれたお前はどう誤魔化したんだ?」

「いつもと同じだよ。にっこり笑って優しげな声で、直接違うなんて言わずに逃げた」

「相手はどんな反応したんだ?」

「あっちも笑って「そうですね」と言っていたよ。その後はただいつも通り世間話をしただけさ」

あの笑顔は偽りだった。僕もそうだし、彼女もそう。でもあの時、お互いが今はそれでいいと納得したような気がした。彼女の笑顔はどこか大人びていて、僕は少し子供の時の気分になったのは誰にも言わないでおこう。


* * * * *


「アイス買って帰ろうかー」

ふよふよと浮くムウマにそう話しかければ嬉しそうな鳴き声を上げた。

冬が通り過ぎ、暖かい日が続くと室内では少し暑いくらいで、お風呂上がりに食べるアイスクリームは至高だ。冷たくて甘くて、口の中でとろける感覚は幸せな気分にしてくれる。

そういえば、マツバさんと話すようになったのもアイスがきっかけだった。

エンジュに住み始めて数日、町のどこに何があるのか把握する為にウロウロしていたら公園にアイスクリーム屋さんがいて、熱い日差しが降り注ぐ中それは砂漠の中のオアシスのようで躊躇いなく商品を購入した。

受け取って振り返るとそこにマツバさんがいて、どうやら彼もアイスクリームを食べに来たらしく、二人で食べながら話をしたのは良い思い出だ。ジム戦でのことや、やっぱりムウマのことなんかを話していたら、いつの間にか結構な時間が経っていて吃驚した。

「アイス、色んな味があるのにしようか」

あの時食べたアイスクリームはバニラ味で、一番好きな味。マツバさんは確か抹茶味を食べていたはず。そんなことを思っていたら自然と手が抹茶味のあるアイスクリームを選んでいて、我ながら単純だなぁと思う。

そういえばこの間の件から会っていないけれど、まさか避けられているんじゃないだろうか……。マツバさんに限ってそんなことは無いと思うけれど、やっぱり込み入った話をするべきでは無かったか。いや、避けられている、いないと言う話以前に、人の内側に簡単に踏み込んではいけないのだ。

でもどうしてか、あの時の私はそこまで考える程頭の回転はよろしくなかったらしい。あの時、あの話を持ち出した時、直接的な否定はしなかったあの笑顔が脳裏にこびり付いている。目を閉じれば今だって鮮明にその顔が浮かんでくる。そしてその後は、あの驚いた顔が浮かんでくるの。


アイスクリームを買ったというのにほんの少し遠回りをして、公園の前を通った。エンジュに住む小さな子供達が元気よく走り回る中、ゲンガーを連れた金色の髪を持つ人物が視界に入って、私の心が温かくなる。その人は私に気が付いて、またあの作り笑いを浮かべた。


2013.07.09

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