「ありがとうございました!」
目を回して倒れてしまったマグマラシに駆け寄って声をかける。そしてモンスターボールに戻してから立ち上がり、勢いよく頭を下げるとユキカちゃんに向かってお礼を言った。
「こちらこそありがとう。楽しかった」
「やっぱりユキカさんは強いなぁ」
「それより、早くマグマラシをポケモンセンターに連れて行ってあげて?」
「あ、はい」
不自然に話を逸らした気がする。でも男の子は気にせずに走ってポケモンセンターに行ってしまった。
ユキカちゃんはオタチの頭を撫でるとモンスターボールに戻す。いつもは連れて歩いていたのに珍しい。きっと二回もバトルをして疲れているだろうから休ませてあげるのだろう。
「ユキカちゃん」
「はい?」
オタチのモンスターボールを手に持ち、ぼぉっとしたように眺めている彼女の名前を呼んだ。すると少し驚いたようにこちらを振り返る。僕がいることを忘れていたのか、はたまた本当にぼぉっとしていたのかは分からないけれど、バトルの時は鋭かった目がいつも通り丸くなっていた。
「本当にバトル、楽しかった?」
「え……楽しかったですよ?」
きょとんとしたような顔で答える。でも僕はいつだって彼女がバトルで勝って満足したような表情を浮かべた所を見たことが無い。僕とのジム戦でもそうだった。色んなトレーナーが挑戦しに来たけれど、負ければ悔しそうにして、勝てば心底嬉しそうな顔をする。でも彼女は全く違った。
「僕には満足しているように見えなかったけど」
まどろっこしいのは嫌いだ。今までは遠くから眺めていただけだったから苛々しなかったけれど、今回間近でバトルを見て、ユキカちゃんの表情を見たら単刀直入に言いたくもなる。
僕が彼女にとって図星を言い当てたからか、今まで見たことも無いくらい目を見開いて驚いていた。
「ポケモンやバトルが好きなのは分かるし、その最中は楽しいんだって言うのも伝わってくる。でも、いつも終わった後は満足してないって顔をするよね」
「どうして……」
どうしてかなんて、答えは決まっている。僕だって同じだからだ。
僕が思うに、ユキカちゃんは自分を過小評価し過ぎている。ポケモンバトルで負けたところを見たことが無いくらいその強さは確かだと言うのに、「強いね」や「凄い」と言われると謙遜の域を超えて自分自身を否定してくるんだ。他の人にはそれが謙遜に見えているようだけど、僕にとっては後ろ向きなものにしか見えない。
つまるところ、彼女は自分が嫌いなのだろう。
「私は分かりやすいですか……」
「さあ? 僕には分かったけど、他の人には分からないかもしれないね」
「それも千里眼の力ですか?」
「少し違うかな」
不思議そうに、けれど諦めてもいるような表情で僕を見る。僕は別に彼女を苛めたいわけじゃない。ただ彼女自身がどう思っているか気になるだけだ。
「私、基本的には何をやってもダメダメなんですよ」
「ダメダメ?」
思わず復唱してしまう。僕は表情から彼女が満たされていないと予測できても、どうしてそうなったかまでは分からない。だから彼女から放たれた言葉に思わず目を丸くしてしまった。
「家事は人並みにできますけど、それ程運動が出来るわけでも頭が良いわけでも無く、ポケモンバトルだって私の力じゃなくてポケモン達の力で勝てているようなものなんです」
「……そんなこと言ったら僕だってそうじゃないか」
「違います!」
声を荒げる姿なんて初めて見た。いつも落ち着いている分驚いてしまう。
「違うんです……」
まだ何かあるみたいだけど、これ以上は僕が聞くべきでは無いと思う。大して深い仲でも無いわけだし、無暗に人の内側に踏み込むとろくなことが無い。今回はちょっとした興味本位であり、僕自身が苛々したと言うのが理由で話を聞いてみただけだ。
でも、自分を信じることが出来ないなんて、可哀想に。
「困らせるつもりは無かったんだ。言いたくなければ言わなくていいし」
「ごめんなさい……」
こんな風に謝る姿も初めて見る。顔は俯いていて表情は見えないけれど、泣かせてしまっていたら少し面倒だ。
「マツバさんは鋭いんですね」
そう言って少しだけ顔を上げた彼女は涙なんてもの流しておらず、代わりに小さな笑みが浮かんでいた。
2013.06.13
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