大嫌いな人の話 | ナノ

あぁ、またバトルしてる。

「ユキカちゃんは本当にポケモンバトルが好きだね」

隣にいるゲンガーにそう呟けば、いつも通りの声が返ってきた。顔は相変わらず悪戯な笑みを浮かべ、だけどその愛嬌のある表情はどこか憎めない。何度か頭を撫でてやると嬉しそうに笑った。

「昨日も夕方頃バトルしていたみたいだし、あのオタチもそろそろ進化するんじゃないかな?」

大事に大事に育てているポケモン。彼女にとってポケモンこそが生きる意味なのだと言っているようだ。でも時々見える曇った表情が、結局何かに満足していないと物語っている。

そんな顔をするくらいならいっそ我慢なんてしなければいいのに。後々辛くなるのは自分自身だ。もしかしたらそれすらも理解していて、敢えてそう振舞っているのだとしたら相当根性があると思うけれど。それでも僕には彼女がそこまで器用には見えない。

「終わったみたいだし話しかけに行こうか」

ユキカちゃんと何度か会って話すようになったら自然とゲンガーもユキカちゃんに懐いていった。彼女は時々ポロックやポフィンなんかを持っているからそれ目当てだとは思うけれど、ゲンガーが僕以外にここまで懐いているのは珍しい。他には旧友のミナキくんくらいだと思う。

ふわりと浮いて姿を消したゲンガーはきっと既に彼女の目の前か後ろにでもいるはずだ。バトルが終わり、戦ったポケモンにポフィンを上げているユキカちゃんの髪の毛が風もないのに左右に広がる。

「ゲンガー……?」

まだ姿を現していなかったゲンガーの名前を呼ぶと、ゲンガーは少し嬉しそうに笑いながらその姿を現した。僕はそれに驚きながら、けれど悟られないように彼女に近付く。

「バトルお疲れ様」

「やっぱり、マツバさんもいたんですね」

ポフィンを目で追うゲンガーに、与えてもいいか僕に問うてくる。それに問題無いと伝えると小さく笑ってゲンガーにポフィンを与えた。

「まさかマツバさんに見られているとは思いませんでした」

「偶然見かけたから」

ユキカちゃんは鞄の中をガサゴソと探ると四角い缶を取り出す。蓋を開ければ美味しそうなクッキーが入っていた。

「マツバさんもどうぞ」

「いいの?」

「勿論。嫌いでなければ、ですけど」

「ありがとう」

様々なポケモンの顔を模ったそれは食べるのが勿体ない。見たことのあるパッケージからして、恐らくコガネ百貨店で売っていたものだろう。ゲンガーも喜ぶ程美味しいポフィンを作るのだからクッキーくらいなら作れるだろうに。

「そろそろ仕事を探そうかなって思ってるんです」

「仕事?」

「バトルでそれなりのお小遣いは稼げても、やっぱり一人で生活していくには厳しいですし」

そういえば、ユキカちゃんはジョウト中を旅したわけではないんだっけ。ジョウトに来る前は他の地方を旅していたみたいだけど、ジョウトはエンジュを含めて五つのジムしか行っていないと言っていた。旅をしてバトルをして勝っていけばそれなりにお金も稼げるだろうけれど、どうしてか彼女はこのエンジュに留まっている。

「でも私にできそうな仕事がよく分からなくて」

「自分に合う仕事なんて最初は分からないものだよ」

「そうなんですかね……」

ポフィンを食べ終わったゲンガーに一枚だけクッキーを与えていれば、遠くから男の子の声が聞こえる。振り返れば走ってこちらにやってきた。

「もう一度バトル、お願いします!」

「昨日の……」

どうやら昨日バトルした子らしい。エンジュ周辺でバトルをするユキカちゃんはトレーナーの間でもちょっとした有名らしいし、またバトルしてもらいたかったのだろう。

「僕の事は気にしないでいいから、バトルしてあげるといいよ」

「それじゃあお言葉に甘えて……」

男の子に「いいよ」と言ったユキカちゃんはモンスターボールを構えない。どうやら先程ポフィンを食べ終えたオタチでまたバトルするつもりらしい。男の子は大事そうに抱えていたモンスターボールを構えてポケモンを出した。

「頼むぞ! マグマラシ!」

背中の炎が一層強くなる。途端、ユキカちゃんの表情が真剣そのものとなった。

バトルになると雰囲気が変わる。普段は丸い目が少し鋭くなったような気がするんだ。それはポケモンの方も同じで、普段は可愛らしく足元にいるオタチも戦う気満々の様子で前に出た。

そんな彼女はやっぱり、バトルが終わると満たされないような表情を浮かべる。


2013.05.29

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