「マツバさんって素敵だよね!」
そんな声が遠くから聞こえた。聞き覚えのある名前に、頭の中で一人の男性が思い浮かぶ。マツバさんと言えば彼以外いないだろう。チラリと声の方を見れば、短いスカートを穿いて食生活は安定しているのか不安になるような細い脚を露出させて、綺麗に施された化粧のチェックをしている女性のトレーナーらしき人達がいた。
あんな短いスカート、私は穿けない。穿けても似合わない。
そんな風に思いながら視線を前に戻せば、見覚えのある姿がそこにあった。傍らには悪戯な笑みを浮かべるゲンガー。楽しそうに話している姿は確かに素敵だと思う。けど、私は時々この人は何かを隠している気がしてならない。気のせいであればいいのだけれど。
「こんにちは。マツバさん」
「やあ、ユキカちゃんも散歩かい?」
「はい」
マツバさんとは知らない仲じゃない。私がジムに挑戦してからの付き合いだ。ジョウト地方のジムはいくつか挑戦しているけれど、ここエンジュのジムリーダーであるマツバさんが一番手強かったと思う。勿論、それだけバトルが楽しかったのも事実なのだけど。
ジョウト中を旅するつもりも無く、ゆるゆるとバトルしながら暮らしていけたらいいな、なんて緩い考えからジョウト地方で一番好きなエンジュシティに住むことにした。町から少し外れたところにひっそりと建っていた比較的新しいアパートの部屋を借りて、暇さえあれば外に出て散歩をしながらポケモンバトル。
そんな生活が続けばジムで戦ったきりのマツバさんとも話すようになって、私の中ではエンジュで一番仲の良い人となっている。相手も同じように思っているかは知らないけれど。
「ムウマは元気?」
「元気ですよ。最近バトルしてないのでそろそろ出してあげたいと思っていたところです」
エンジュで一番仲が良い、と言ったけれどマツバさんはあまり自分のことを話さないし、人のことも聞かない。聞くのはいつもポケモンのことばかりだ。特に、彼自身がゴーストタイプの使い手と言うこともあって私のムウマをよく気にかけてくれる。
「進化はさせないのかい?」
「レベルで進化する子以外は本人の意思を尊重したいと思っているんです。進化したいと示したら進化させてあげようと思うんですけど、私のムウマはどうやら進化したくないようで」
「珍しいね……」
「そうですか?」
私の手持ちのポケモンは全部で四体。進化したくないムウマと、育てている最中でまだ進化していないオタチ以外はとっくに進化しているのだ。だからいずれはムウマも進化したくなる時が来るかもしれない。そうでなくても、進化したくないポケモンなんてきっと沢山いるだろう。
「僕が言ったのは君のことだよ」
「え?」
「ポケモンの意思を尊重するトレーナーなんて今まであまり見たことが無くてね。ほら、人はより強く、と欲張りになってポケモンの意思に関係無く進化させてしまうだろう?」
確かに、そう言うトレーナーもいることにはいる。けれど、それはポケモンも合意の上では無いのだろうか。
「ユキカちゃんは変わってるね」
それは彼にとって褒め言葉なのだろうか。それとも、お前はおかしいと言っているのだろうか。後者では無いと分かっているけれど、それでもどこか目が笑っているように見えなくて視線を落とした。
「別におかしいって言ってるわけじゃないよ?」
「分かってます」
時々マツバさんの視線が突き刺さる。鋭いわけでも無ければ睨みつけられているわけでも無いのに、まるで嫌悪されているようで全身……特に胸が痛い。
「もう、夕方ですね」
何だかこの場にいることが辛くて、日が暮れ始めたのをいい事に話題を変えた。
「そうだね。それじゃあ僕はそろそろジムに戻るよ」
「はい」
にっこりと笑うマツバさんは、先程の女性達が騒ぐような素敵な表情だった。気付けばあんなに遠くにいて、足が速いなぁなんて思っていたら足元にいたオタチにズボンの裾を引っ張られてしまう。
「あ、夕飯の材料買わなきゃ……」
そんな呟きに呆れたような鳴き声が聞こえた。だけどオタチをモンスターボールに戻すことはしない。折角歩いているのだから一緒に歩いた方が良いに決まっている。
マツバさんが傍らにゲンガーを連れていたように。町にいるトレーナーがパートナーを連れているように。
あぁもう夕方だと言うのに、あそこのトレーナーと目が合ってしまった。少しお腹が空いてきたな。でもまだ家に帰ることは出来なさそうだ。
2013.05.23
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