ユキカちゃんにどうして自分が嫌いなのか聞いただけだった。ただの興味本位だった。けれど目の前の彼女は涙を流していて、僕は踏み込んではいけない場所に踏み込んでしまったようだ。今回ばかりは僕が悪い。全面的に、と言うわけでは無いにしてもまさかこんなに泣いてしまうなんて。
「えっと、僕も人が嫌いな理由を話そうか?」
「え、何で……?」
今まではイラつくままに言葉を放っていたから、僕は女の子が泣いた時にどうしていいか分からない。慰めることなんて殆どしてこなかったからだ。ただ「泣かないで」と口先だけの言葉を吐くことは何度あっても、心の底から泣かないでと思うことは無かった。
だけど今は違う。心の底から、ユキカちゃんに泣いてほしくないと思っている。
「とにかく、今泣き止みますので、ちょっと待ってください」
それでもユキカちゃんの涙は止まらない。蛇口を捻ったままのように涙を溢れさせて、ハンカチでどんなに拭っても止まらなかった。
「そんなに話すのが嫌だった?」
「そういうわけじゃないんです……ただ……」
「ただ?」
その先を言うのを躊躇っている。僕に言えないことか……確かに、泣いた理由を言える程彼女は僕を信頼していないだろうし仕方のないことなのかもしれない。
「……あの、驚かないで聞いてくれますか?」
「うん」
どうやら話してくれるらしく、涙を流しながらも落ち着いて口を開いた。
「私、マツバさんが好きです」
「は……?」
「驚かないっていったのに……。でも、自分が嫌いなくせに、人を好きになるなんておかしいですよね……」
止まりかけていた涙が再び溢れ出す。先程一度落ち着いたのは一体何だったのか。いや、それよりもこの子は今、僕に告白をした、のか?
「自分でもわからないんです……でも、私はマツバさんが好きなんです」
我慢しようと嗚咽しながら、けれど耐え切れなくなって顔を両手で覆ってしまった。
「僕が好き……? 好きって……」
確かに、自分が嫌いなくせに僕を好きだなんておかしな話だ。僕自身も、自分を好きになれない人間が人を好きになれるはずが無いと思っていた。そして僕も僕自身は人を好きにならないと思っていた。
でもやけにユキカちゃんが気になっていたのは、僕と同じで、それでいて違う彼女が僕にとっては魅力的だったのだと思う。
自分を嫌いでも人を嫌いになれない彼女が羨ましかったのだろう。そう考えれば全てが納得いく気がして、僕の隠し事がばれても素がばれても普通に話せた理由も納得できた。
「はは、馬鹿だなぁ……」
思わず片手で顔を覆う。言われて気付くなんて、僕もまだ修行が足りないのかもしれない。
「マツバさん、どんな言い方でも構いません。ふってください」
切実にそう言う彼女はやっぱり泣いたままで、僕の方を見てはいない。それに少しイラついて、僕は言葉なんか選ばずにそのまま口にした。
「僕は人が嫌いだよ。特に女性は面倒だって思ってる。うるさいし、すぐ泣くし、怒る原因もちっぽけだ」
僕の言葉を聞こうとユキカちゃんは泣く声を抑えている。時々我慢ならずに息を詰まらせるのが聞こえるけれど、早く楽にする為には僕の話を終わらせなければいけないのだろう。
「だけど、僕にとってユキカちゃんは大嫌いな人間でも、ユキカちゃんのことは特別なんだろうね」
「え?」
漸く顔を上げた彼女は、涙は止まったようだけど頬は濡れていた。その頬はほんのり赤くて、そうなるまで泣いていたのかと思うと少し申し訳ない。
「大嫌いな人間でも、君なら好きになれそうな気がするんだ」
そう言ったらまた泣き始めた。今度は僕にも分かる。多分嬉し泣きと言うやつだ。そう思って頭を撫でたらそれはすんなり受け入れられた。そのまま抱きしめても拒絶されることは無い。ただただ泣くのを止めようとするユキカちゃんに追い打ちをかけるように背中を優しく叩いた。
「ほら、気が済むまで涙を流したら早く泣き終わってね」
折角僕が好きになるのに、そんな彼女が自分を嫌いなままなんて悔しいから、僕に愛されて自分を好きになってもらうとしよう。
大嫌いな人の話2013.09.27
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