大嫌いな人の話 | ナノ

昨日の今日でマツバさんに会えるはずない、なんて思っていたのにそれは呆気なく崩れてしまう。

「やあ、こんにちは。ユキカちゃん」

いつも通り、作り笑いを浮かべて優しい声音で話しかけてきた。昨日の今日でそんなにも切り替えが早いと最早慣れとか特技とか言うレベルでは無い気がする。

「昨日の今日で外に出るなんて君は随分と肝が据わってるね」

褒められて……否、遠回しにお前何で外にいるんだよ、と言われている。

確かに昨日の今日で焼けた塔に来たのは変なのかもしれないけれど、昨日だって私は焼けた塔を見に来たのにあんなことになってしまって十分観光できなかったのだ。そんな焼けた塔を見た後にスズねのこみちに来たって何ら不思議じゃない。

「マツバさんは随分と遠慮が無くなりましたね。私に対して」

「自分を知っている人間に自分を作っても仕方ないからね。とは言え、いつ他の人が来るか分からないからこのままでいさせてもらうよ」

「いさせてもらうって……」

まるでここにいる間、一緒にいるとでも言うような……。

「マツバ、次にスイクンが現れる場所が特定できたからそろそろ行こうかと思うんだが……」

私とマツバさんが話していれば、マントを来た男性がマツバさんに話しかけてきた。やけに親しげに話しかけたところを見ると友人だろうか。人嫌いと言いながら友人がいるなんて不思議な人だ。

それより、ここってエンジュジムのバッジが無ければ入れなかったんじゃ……それともこの人もエンジュジムのバッジを持っているのだろうか。いや、むしろそう思わないと腑に落ちない気がして、だから私はそれを考えるのをやめた。

「この子が例の?」

「まぁね」

「昨日はいきなり完全にばれたなんて言うからもう会わないのかと思っていたが……」

「偶然だよ」

あぁ、マツバさんはこの人の前では素なのか。納得した。先程彼が言った「自分を知っている人間の前では偽らない」といった言葉のように、この人はマツバさんにとって素を出せる人間なのだろう。

「じゃあ邪魔したな」

「別に」

マントの人はそれこそマントを翻しながらスズねのこみちを出て行った。

「彼は旧友でね、僕のことを知る唯一の人だったんだ」

「過去形ですね」

「今はユキカちゃんも知っているだろう?」

「あぁ、そうでした」

秋じゃないと言うのに、スズねのこみちは外のエンジュシティと少し違う雰囲気を漂わせている。今にも紅葉が降り注ぐような感覚さえ覚えた。だけど現実はそうでも無くて、紅葉なんてものは無く目の前にマツバさんがいるだけ。

「どうして、素がばれた私に声をかけたんですか?」

「声をかけちゃいけなかったのかい? それとも、声をかけられたくなかった?」

「そういうわけじゃなくて……」

マツバさんがくすくす笑うから、珍しい物を見たように驚いてしまう。どうしてだろう。隠すことが無くなったからだろうか。やけに感情を表に出してくれているような気がして、決してそうでは無いと分かっているのに勘違いしてしまう。

元より、自分が嫌いな私は彼を好きになる資格すらないのだ。好きになってしまったからには今更戻れないけれど、それでもそれを伝えることは出来ない。だってそれは、とても愚かだから。

自分が嫌いな人間に好きと言われて説得力があるだろうか。むしろだからこそ、と思うのかもしれないけれど、それでも受け入れようだなんて思うはずが無い。

「そういえば、ユキカちゃんはどうして自分が嫌いなんだい?」

「え……理由、ですか?」

「うん」

グダグダと考え込んでいれば、突然マツバさんにそう問われて一瞬戸惑ってしまう。話してもいいけれど、決して面白い話では無い。むしろ不愉快にしてしまうかもしれない。

「楽しくない話ですけど、いいですか?」

私の問いにマツバさんは頷いた。


理由は結構簡単なもので、実家にいた祖母のポケモンを病死させてしまったのが原因だ。あの時、もっと頑張れば助けてあげられたかもしれないのに、私はとても無力で何も出来なかった。それなりにあると思っていたポケモンの知識も全て無駄と言われているようで。その後、ポケモンの跡を追うように亡くなった祖母はその直前まで笑顔で「お前は悪くない」と言ってくれていた。

それによって私はとてもちっぽけな人間だと思い知らされ、一人じゃ何も出来ない子供なのだと理解した。無力で無知で、何も出来ない小さな子供だと。そう思ってから私は自分を嫌うようになった。何も出来ない自分が嫌いだ。一人じゃ誰も助けられない自分が嫌いだ。

「だから旅に出たんですよ。まぁ、結局ポケモンがいなきゃ何も出来ないのは変わりませんけど」

「ユキカちゃんはお祖母さんが大好きだったんだね」

「はい」

大好きで大切なものを失うのは怖いから、今だって危険な場面ではポケモンを出すことが出来ない。相手がポケモンならポケモンを出すべきなのに、鞄の中に手を入れることすら出来ないでいる。やっぱり私はまだ情けなくて、私はどんどん自分を嫌いになっていくばかりだ。

そして同時に、自分がどれ程愚かな恋をしているのだと改めて感じると、自然と涙が溢れていた。

「ご、ごめんなさいっ……」

マツバさんは泣かれるのが嫌いなのに。これじゃあ私を嫌ってくれと言ってるものじゃないか。

あぁむしろ、嫌ってくれた方がいいのかもしれない。いっそ突き放してくれたら諦めもつくのに。そう思いながらマツバさんを見れば、驚いたような顔をしてこちらを見ていた。それにこちらが驚いてしまう。


2013.09.10
加筆修正……2013.09.27

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