私も泣き出した女性も驚いていれば、そんなこと構わずマツバさんは続けた。
「そんなくだらないことで人を突き落していいわけないだろ? そもそも理由がくだらなすぎて笑えもしないよ」
「マツバ、さん……?」
泣いていた女性の涙は止まり、どうやら驚きが勝ってしまったらしい。目を丸くして、何が起こっているのかも分かっていないようだった。絞り出すように出た言葉は信じられないと言う気持ちが十分すぎる程込められている。けれど女性が切実に呼んだ名前さえもマツバさんは関係無いとでも言うように更に続ける。
「せめて場所を考えてくれないかな。ここは焼けた塔で、ちょっとの衝撃でどこが崩れるか分からないんだ。そんなことも分からない君が、例え僕を好きだと言っても僕は応えられないよ。いや、応えたくもないね」
私に対しての憎しみを話す時にマツバさんへの気持ちも話したのか、そんなことを言うマツバさんに少し驚いてから女性を見れば、顔を赤くして泣き始めた。
マツバさんの言葉は辛辣すぎる。自分に向けられたものでもないのに、近くにいるだけで体中チクチクと棘のようなもので刺されたようだ。否、実際には少し私に向けられているのかもしれない。いくら相手を大人しくさせる為とは言え、かわらわりを使って動きを封じたのだから。だけどそれがダイレクトに向けられて、彼女が耐えられるはずもなかった。
「マツバさん、そんなに怒らないであげてください」
「どうして?」
「彼女だって魔が差しただけですよ」
どうやらマツバさんはかなり怒っているらしく、私に向けられる言葉も少し刺々しい。これじゃあまるで、あの時そうじゃないと納得したのが無意味だったかのようだ。
「ちょっと、いい加減泣き止んでくれないかな。泣かれると鬱陶しいんだ」
「ひっく……」
何を言っても刺々しい言い方に女性は泣き止まない。むしろ悪化させている。マツバさんはそこまで女性関係を上手くやれていなかったのだろうか。素の彼が女性の扱いをここまで下手だと、完璧なまでの笑みを浮かべる彼より現実味と言うか、人間味が溢れている気がする。
「チッ……だから人間は嫌いなんだ……」
そう小さく呟くのを聞き逃さなかった。だけどそれを指摘できる程私は空気を読めない人間でも無い。そして何よりマツバさんが私の方を向いたことによって、完全に指摘できなかった。
「彼女は僕への好意と君への嫉妬に駆られて君を突き落したと言うのに、君は彼女を許すと言うのかい?」
「だって……」
「君が許しても僕は許せないな。こうして人に迷惑をかけているんだ。自分がやったことの重大さをもっと理解するべきだね」
別にそうだと言われたわけじゃない。マツバさんにとって、この焼けた塔を大事にしたいだけだろう。傷付けたくないだけだ。そう分かっているのに、まるで私の為に怒ってくれているようで胸の内が温かくなる。今思うべきことではないのに嬉しいだなんて思ってしまう。
「それなのに泣けば許してもらえると思ってる。事情を話せば許されると思ってる。そんなことは決して無いのに」
怒りで感情を剥き出しにするマツバさんは本当に大人気無いと言うか、私が思う以上に人嫌いなのだろう。けれど、どこか愛しくて……好きだなぁ、なんて思ってしまった。
あぁそういえば、マツバさんを好きになったのは彼が何か隠してるって気付いた後だったな。もしかしたら私は変な人なのかもしれない。誰にでも笑顔を振りまいて、愛想良くしているマツバさんより断然、こうして感情を露わにするマツバさんが好きなんだもの。
「マツバさん」
「何?」
「あんまり怒ると素がばれてしまいますよ。彼女も怖くて泣いてます」
「あ……」
どうやら落ち着いたらしい。ゲンガーは笑っているけれど、ゴースト達は少し困っていた。どっちにしてももう手遅れではあると思うのだけれど。
「とにかく、今後同じようなことをしたら流石に警察に来てもらうからね」
「すみませんでした」
女性は深々と頭を下げて足早に、逃げるように去って行った。自分の好きな人にこっ酷くふられ、更には追い打ちをかけるように怒られたのだから仕方ない。気付いていた私でさえ驚いてしまったんだから。
「マツバさんはやっぱり、人が嫌いなんですね」
「そうだよ」
私に対して笑みを向けなくなったことは少し悲しい。無表情はとても怖くて、あの女性のように泣いてしまいそう。だけどここで泣いたら多分マツバさんはもう二度と私に近付かない。
「私のことも、嫌いですか?」
「……さぁ、どうだろうね。ただ言えるのは人間が嫌いってことくらいだし、それ以上君に言うつもりは無いよ」
少し間が空いて返される。そして私が言葉を放つ前に、それを遮って服が汚れていると指摘された。
「今日は家に帰って大人しくしているといい」
「はい。そうします」
私の質問にはちゃんと答えてくれなかった。だけどその後は分かりやすい程人が嫌いと言うオーラを出して私の前から去るから、もしかしたらもう見かけても話せないかもしれない。
「まるで馬鹿みたいだ……」
自分が嫌いなのに人を好きになるなんて。酷く滑稽だ。
2013.08.26
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