その他短編 | ナノ
猫日和

※獣化注意


パシンッ、と痛々しい音が響く。事実、僕の左頬は音に見合う程度の痛みに襲われているのだけれど。

「最低!! あんたなんか猫になって去勢されればいいんだわ!!」

「何で猫!?」


泣き叫ぶように言ったあの子は魔法を使って、その言葉通り僕を猫の姿にしてしまった。

なぜ猫なのかは分からないが、猫にはどこか親しみがある。それは僕がレオだからなのかもしれないけれど。或いは、本当に猫にされてしまったからそう思うのかもしれない。

猫は四足歩行しなければならない。人の言葉は話せず、にゃあと意味の通じない声だけが喉から出る。不便だ。喋ることが出来ない。それでは大好きな彼女と一緒にお茶をすることも遊ぶことも出来ないじゃないか。酷い話だ。まあ、それが原因で彼女に平手打ちをされた挙句猫の姿にされてしまったのだが。

よく考えれば食べ物だって無いし、寝るところも無い。仕事も出来ない。あの子を探し出して魔法を解いてもらうまで、僕は今まで通りの生活が出来ないと言うことだ。

あまりのことに絶望感が襲った。未だに左頬はじんじん痛む。相当力を込めて叩いたらしい。女の子にあんな強い力で殴られるとは思わなかった。エルザには及ばないが、世の女子はあんなに強いのだろうか。

項垂れながら歩いていると、どこかの家に辿り着いた。庭だろうか。随分と広い。手入れの施されたそこの一角に洗濯物が干されていて、風に靡いていた。

見覚えのある下着が見える。ああ、そう言えばこの家も、この庭も見覚えがあるような気がする。

「ん? 見かけない子だね」

ふと頭上から降りかかった声に顔を上げれば、邪魔にならないよう髪を押さえたナマエが覗き込むように僕を見ていた。

「迷子? 首輪は…………してないか。遠くからやってきたの?」

普段聞かないような声音に驚く。僕に対してナマエはこんな声音で話すことはない。別に普段刺々しい物言いをするわけではないけれど。どこか冷たい印象さえ抱かせるナマエの言葉とは思えなかった。

「飼い主は? 野良?」

僕を抱き上げ目線を合わせる。

「人見知りしないんだね」

唖然としている僕に、普段必要とされなければ喋らないナマエが次々と言葉を放っていった。思い切って鳴いてみる。すると何をどう思ったのか、ふむ、と言って僕を下ろして洗濯物を取り込み始めた。やはり、あの下着はナマエのものだったようだ。前に外した記憶がある。

「旅猫さん、時間があるならお食事でもどうですか?」

洗濯物を全て取り込み終えてナマエが言う。僕はそれににゃあ、と鳴いて、ナマエはふっと笑った。

こんな複雑な気持ちを抱くナマエからのお誘いは初めてだ。


このままではまずい。目の前にお付き合いしている彼女がいると言うのに、僕は猫の姿で話すことすら出来ないのに、ナマエの撫でる手つきに病み付きになる。以前ハッピーが撫でられてリラックスしていたけれど、つまりはこういうことだったのだろう。これは狡い。

「随分と人馴れしているんだね」

ナマエは僕にご飯をくれた。キャットフードではなく、猫まんまだ。僕にとっては有り難い。元は猫ではないのだから流石にキャットフードは食べられないし、何よりリディアが出してくれたご飯を残したくはなかった。全てを平らげて、今はソファーでくつろぐナマエの横で、ナマエに撫でられている。

「……遅いなあ」

ふと呟いた言葉に僕は心臓が跳ね上がった。そう言えば、今日はリディアと約束していたんだった。だからお土産を買いに街まで行ったのに、以前遊んだ女の子に捕まってこんなことになってしまうんだから僕は本当にどうしようもない。

そんな僕でもナマエは待ってくれているというのだから、僕はますますナマエを好きになる。

「気になる?」

じいっと見つめていた僕にナマエは問う。先程みたく抱き上げて、膝の上に乗せてくれた。

「今日はね、一緒にお茶をする約束をしているんだけれど、まだ来ないの。いったい何をしているんだろうね?」

僕を撫でながらそう言った。

「他の女の子に捕まったかな。それで別れたくない云々話しているのかな」

どうしてこうも鋭いのか。

遅れると言う連絡も出来ず、言葉も話せず、伝えられる術もなく。ただのんびり撫でられているなんて。なんて僕はダメな男だろう。

「いいもーん。私には旅猫さんがいるもーん。ロキが来たらあなたとイチャイチャしているのを見せつけてやるんだからね」

相変わらずの棒読み加減で言うと、ごろんとソファーに寝ころんだ。その流れで僕を自身のお腹に乗せて、両腕――猫の場合は前足か……前足を操ってくる。今の僕は猫だけれど、意思は僕のままだから、ナマエに何をされても抵抗なんてしないからか不思議そうな表情を浮かべてから、またふっと小さく微笑んだ。

「旅猫さんにもどうせガールフレンドがいるんでしょう?」

流石に猫の女の子の知り合いはいないなあ。

「きっと可愛い子なんだろうね」

僕にとって、君以上に可愛いと思える子なんていないのに。

「今度紹介してね」

僕の目の前にいる君のことだと、どうしたら伝えられるだろうか。

僕の顎を撫でる指に頬擦りをしようとした時、ボフンッと少しの煙を纏って自身の体重が増えたかのような感覚に陥る。ソファーの軋む音がして、僕の下にいるリディアがやけに小さく見えた。否、今までが大きく見えていただけだった。

突然のことに驚いたナマエは目をぱちくりと瞬きさせる。喜怒哀楽の反応が薄いリディアだけれど、瞼を上下させる度に程よい睫毛が小さく揺れるのがとても可愛いし、何より表情が可愛い。このまま食べてしまいたいくらいに。

「……いらっしゃい、ロキ」

「……お、お邪魔してます」

さて、どこから説明しようか。まずは、このとても良い体勢をどうするか、が問題だろうか。


2015.12.29

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