その他短編 | ナノ
例えばそこに君がいなければ

もしも僕に、この世に存在する全てのモノを消し去る魔法が使えるのなら、僕はきっと真っ先に彼女を消したいと思うんだ。


「また失敗?」

「……また失敗」

様子を見ていたのだろう。友人がそう問うてきた。見ていたのなら結果なんて分かりきっているだろうに。意地悪な友人だ。

「まあ、ロキじゃなくてもあいつは無理だろうよ。本と紅茶以外に興味のない奴だぜ? 第一あんなに淡々とした態度で、恋愛に興味があるとは思えねえよ」

「僕はそんなところも好きだよ?」

彼女と出会ったのはいつだったか。僕がこのギルド――妖精の尻尾にやってきた時にはもういたはずだったけれど、僕が彼女と接点を持つようになったのはそれより少し後のことだ。

先程友人が言ったように、彼女は他人に興味を抱かない。どうやらエルザやミラジェーンのように女の子とは仲がいいようだけど……まあ、それも主に二人が彼女に構っていると言った方が正しいかもしれない。

彼女はいつも仕事の日以外には本を読みながら紅茶を飲んでいた。

「いつになったら僕の気持ちに気付いてくれるかなー」

「お前の軟派な態度じゃ無理だろ」

「結構本気で言ってるつもりなんだけどな」

最初は興味本位だった。初めて声をかけた時に彼女は僕の方をじっと見たから、もしかして僕に気があるのかと思ったものだ。結果的にただ名乗るのを待っていただけで、その後僕に興味がある様子なんて全く持って見せないけれど。

そんな彼女を気にするようになったのは一緒に仕事をしたことがきっかけだった。酷く単純な理由だ。だけど、僕にとっては理由が単純だろうが些細なものだろうが関係なかった。

気付いた時には僕自身も驚いたけれど、理解してしまえばすっと馴染むように彼女を好きだと思ったんだ。

だけど、彼女への好意に気付いたことで嬉しさを感じるのと同時に絶望を感じた。だって僕が彼女を好きになったところで、どうしようもないのだから。

だからお茶くらい付き合ってくれたらいいのに。そうしたらきっと満足できる。でも、説明したところで彼女は僕とカフェでお茶をするなんてことも、ましてや気持ちに応えてくれるなんてこともしないのだろう。それが彼女らしさだろうし、僕はそんな彼女を好きになった。

では、彼女への好意を募らせた僕は一体どうしたらいいのか。それを発散することもできずに、彼女を眺めては可愛い、好きだなと思うだけの日々を送るのだろうか。それはあまりにも残酷で、それならばいっそ彼女がこの世から消えてしまえばいいのに……元々存在しなければいいのにと、そんな淡い気持ちを抱いてしまったのだ。

そんなこと思っても彼女が消えるわけでもないし、何より本当に消えてしまったら僕は正気でいられなくなるのだろうけれど。酷く幼稚な矛盾した気持ちだ。

「もう一回誘ってくる」

「おい。まだ断られてからそんなに時間経ってねえぞ?」

友人の言葉を無視して彼女に近付く。今日も今日とて本を読んでいるはずの彼女は、パタンとその本を閉じた。

「ナマエ……?」

「ん?」

「いや、本、もう読み終わったのかい?」

今日ギルドに来て読み始めたはずなのだが。

「……読んだことあるやつだった」

思わず目を少し見開いて、瞬きをしてしまう。本人はいつも通り淡々とした態度で表紙を眺め、タイトルの字を指で撫でている。まさか彼女が一度読んだ本を持ってくるとは予想できなかった。いや、一番驚いているのは彼女自身かもしれない。

「随分と前に読んだからすっかり忘れていたの。どこか既視感のある表紙だとは思ったけれど、他の本と一緒に借りたから気にしなかった。失敗した」

「そっか……」

「で、ロキは何の用?」

「え、あ、いや……一緒にお茶でもどうかなーって思って」

いつも女の子を誘うような言葉は出てこなかった。予想外なことが起こったからじゃない。いつも僕は彼女に対して、僕らしい態度でお茶に誘うことが出来ないでいた。そして決まって彼女は自分で入れた紅茶があるから、と断るのだ。

「いいよ」

「そっか……えっ?」

「借りた本、これで最後だったから返しに行こうと思って。それでもよければ、いいよ」

トートバッグを持って肩にかける。仕事へ行く時は別の鞄を持っていくくせに、仕事に行かない日は決まってこのトートバッグだ。大きめだからいっぱい入る、というのが理由なのかもしれない。しかし、いつも彼女が着ている服には似合わなかった。


「ロキはおかしいね」

「何が?」

「男の人が声をかけてくるなんて今までなかったし、お茶に誘われることもなかった。私はそういうタイプの人間なんだなあって思っていたから、私をお茶に誘うロキは変だなって思ったの」

僕の斜め前を歩く彼女は僕の方を見ることもなく、遠慮もなく変だと口にした。それにしても今日はよく喋るな。

「僕は……ただ女の子が好きなだけだよ」

そう言った瞬間、彼女がこちらをゆっくり振り返ってじっとこちらを見た。初めて声をかけた時と同じような、それよりもずっと鋭いような視線だ。

彼女はよく、人をじっと見つめる。癖なのかどうなのか僕には分からないけれど、普段何を考えているか分からない彼女に見つめられると、まるで全てを見透かされているような気分になるから不思議だ。真ん丸の目は純粋とは言い難いがかと言って淀んでいるわけでもなくて、射貫くような……、

「ごめん……嘘」

「そう」

「いや、嘘じゃないんだけど、ナマエに関しては嘘って言うか……」

僕が嘘だと言ったら、それでいいと言わんばかりに前を向いた。

「別に嘘でも嘘じゃなくてもいいんだけれど」

「よくないよ」

「だって、誘ってくれるのは事実じゃない」

「え、うん」

「私はロキに何もしてないけど、ロキが仲良くしてくれようとしてるのは分かるから。誘ってくれるのは、ちょっと嬉しいんだよ」

なんで、そんなこと言うんだ。今まで興味なさげだったのに。どうしてそんなに優しい声音で、嬉しいだなんて言うの。未練が出来て消えて行けなくなるじゃないか。もう少しいたいと思ってしまうじゃないか。

「ナマエは狡いなあ」

「何が?」

「そうやって僕が嬉しくなることを言うところが」

「それは言いがかりなのでは」

消えてしまいたいと、願えなくなってしまう。

もしも僕に、この世に存在する全てのモノを消し去る魔法が使えるのなら、真っ先に彼女を消して、僕も消えてしまうのに。僕らの出会いも、生まれたことすらも、なかったことにしてしまえば……こんなに苦しくて切なくて愛しい思いをすることも無かったのだから。


2015.09.18

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