心で微笑む
「ねえ、結婚しようか」
特にこれと言って特別な日ではなかった。何でもない至って普通な日だった。
彼はいつも通り、何ともないような表情で、声音でそう言った。そっと息をするように言った。
私はとりあえず本から視線を彼に向けて、少し冷めた紅茶を飲んだ。すると彼はやっぱり何ともない様子で同じようにコーヒーを飲んだ。
「そもそも、星霊と人間は結婚できるの?」
「さあ?」
「分からないのに言ったの?」
「うん」
にっこり笑う。いつも見る、誰にでも向ける笑み。私以外の人にも向けるそれを、私に向けてほしくはないのだけれど。文句は言わないことにしている。
「色々と順序をすっ飛ばしている気がする」
「そうだっけ?」
そもそも私と彼が付き合っているかも怪しいと言うのに、よく結婚しようだなんて言えたものだ。私以外にも彼女がいるくせに。ああ、でも恋人ではないのかな。ややこしいけれど。
告白は私がした。彼に好きだと言ったら彼は笑って「そっか」と言った。付き合おうとか、付き合ってほしいとか、言われてないし言っていない。ただ、以前よりずっとこうして会って話をすることが増えたのは事実だ。
彼が私の告白に返事をくれたことはない。その証拠に、私に対して何かをしようとするそぶりも見せない。好きという言葉を言われたことも、キスやハグだってされたことはない。だから私は彼との関係を恋人とも、彼氏彼女の関係とも思ったことはないのだけれど。時々、それならこの関係は一体何なのか、考えることがある。
彼曰く、彼女は沢山いるらしいが恋人ではないのだそうだ。私は彼女や彼氏というのは恋人のことを指すものだと思っていたのだけれど。女の子だから好き、という感情はあるらしいが、それを聞く限りその子を好きなようには思えなかった。
だからと言って、彼が私のことを好きになるとも思えないのだけれど。
「でも僕は、結婚するならナマエがいいなあ」
そんなの、私だってそうだ。結婚するならロキがいい。でも、それでも貴方は私に好きとは言わないんでしょう?
「ルーシィはどうするの」
「僕はルーシィの星霊だし、これまで通り彼女の力になるよ。当然のことさ」
「ルーシィのことが好きなのに、私と結婚するの」
思わず疑問符をつけ忘れてしまう。だってあんまりだ。結婚は私として、彼女は別に作ると言うことだろう。今まで通りルーシィを口説くと言うことだ。それならいっそ二人が幸せになってくれた方がよっぽどいい。
「え?」
「え……って、え?」
彼があまりにもきょとんとした顔をするから、こっちも驚いてしまう。
「ねえ、ナマエ……何か勘違いしてない?」
今のやり取りで何を勘違いすると言うのだろう。ここ数分のやり取りを思い返してみても全く持って分からない。けれど、彼が少し焦った様子を見せるから私と彼の間で何かが食い違っているのだろう。
「そりゃあ僕はルーシィのことが好きだけど、あくまで好みの女の子として、オーナーとして……だよ?」
「だから、好きなんでしょう?」
「そうじゃなくて……え、あれ? もしかして言ってない?」
「何を? ルーシィのことが好きだってこと? それならとっくに気付いて、」
「僕がナマエのこと、好きだってことだよ」
私の声を遮って彼が言う。思わず瞬きをしてしまい、そのまま彼を凝視してしまう。
「ああ、そうか。浮かれてて言ってなかったかもしれない……そりゃあリディアが積極的にならないわけだ」
「……私は今ロキが何を言っているのか分からない」
彼が言うには、どうやら私が告白した時既に彼は私のことが好きで、自分達は付き合っているつもりだった、と。彼氏彼女であり、恋人であると思っていた、と。仮に付き合っているつもりだったとしても突然結婚しようかと言うのはどうかと思うが。
「言ったつもりだったんだけど……多分浮かれてかっこつけちゃったんだろうなあ……」
申し訳なさそうに言う。でも正直に言って今そんなことはあまり関係ない。重要なのは彼が私のことを好きだと言う事実だ。
「……ロキは私のことが好きなの? いつから?」
「いつからって……んー……気付いたら? って、本人に言うの照れるんだけど……」
ロキが照れようが照れまいがどうでもいい。私にとっては重要なことなのだから。それに、普段は女の子達にもっと恥ずかしいこと言っているくせに。
「全く気付かなかった……」
「結構出してたよ? 僕はナマエが僕のこと好きなことに驚いたし」
そういうと、とっくに冷めてしまったコーヒーを飲み干した。きっと私の紅茶も冷めてしまっただろう。
「ナマエと付き合うから他の子と別れたし、街で見かけてもあまり声をかけないようにしてきたんだよ」
「あまり、ということは声をかけることもある、と」
「そこはまあ、僕の性だと思って……」
一人で悩んでいたのが馬鹿みたいだ。彼との関係だとか、今後どうするべきだとか。きっと話し合いが足りなかったのだろうけれど、言葉足らずだと言われる私よりも今回の彼は酷いと思う。散々、私を悩ませたのだから。
「じゃあ改めて。好きだよ、ナマエ」
「他の女の子と全く同じ」
「そんなのことないよー。ナマエは特別さ」
「他の女の子に言っているのを聞いたことがある」
「それって、そんなに僕のこと見てたってこと?」
「調子に乗らないで」
事実だから腹が立ってしまう。見ていたと言うより、目に着いてしまったのだけれど。気付いたら目で追ってしまっていただけだ。それを見ていたと言うのなら、そういうことなのだと思うけれど。
「じゃあこれからは遠慮なくイチャイチャできるね」
「だから、調子に乗らないで、と言っているでしょう」
「キスもできるね」
そう言って顔を近づけてくるから、咄嗟に手で防いでしまった。こんなところでいきなり近づけるのが悪いと思っておこう。
「付き合っているつもりだったらしいのに今まで手を出してこなかったじゃない。それがいきなりどうしたの」
まるで防ぐことが分かっていたとでも言いたげな表情を浮かべていた彼は、私の言葉を聞くと視線を逸らした。
「ヘタレ」
「……返す言葉もございません」
暫くこのネタでからかってやろう。何だかとても悔しいから。
「まあ、結婚するのもいいかもね」
「え……?」
「だって恋人同士だし?」
その件に関しては申し訳なく思っている云々と口にしている彼には申し訳ないが、これで暫く退屈しないと思うとそれだけで楽しくなってくる。とりあえず、紅茶のおかわりを貰うとしよう。
2015.06.13
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