その他短編 | ナノ
いつかの未来より

珍しくギルドに顔を出したロキが声にならない悲鳴を上げた。

「ナマエ……!! そ、その怪我……!!」

顔を青くしてこの世の終わりとでも言いそうな程心配そうな表情で聞いてくる。そんな彼の視線は私の右手首に向けられていた。正確に言えば、右手首に巻かれている包帯だろうか。

「この間の依頼でちょっと捻っちゃって」

「び、病院には……?」

「行った。捻挫だって」

「ねっ……ねんざ……」

サアッと尚更顔を青くして倒れそうになっている。それを後ろにいたグレイが支えた。

「珍しくいると思えば、ナマエの捻挫くらいで何倒れそうになってんだよ」

「だ、だって僕の知らないところで怪我をして包帯を巻いているなんて……」

「それよりルーシィの心配した方がいいんじゃない? 一緒に依頼受けたから」

「ルーシィはとても元気そうだった」

「そうね。ルーシィはとても元気だった」

それなら何よりだ。そう思いながら手元の本に視線を移せば、横からロキの声が耳に入ってくる。本なんて重い物を持ってはいけないだとか、紅茶を淹れるのも自分でしてはいけないだとか、料理や普段の生活もままならないだろうとか、とにかく心配し過ぎだ。自分のことじゃないのに変なの。

「お願いだからナマエ、無理はしないでくれ」

してないんだけどな。

「あっ、またロキったら勝手に出てきて!」

「ルーシィ! どうしてこの前の依頼の時すぐ僕を出してくれなかったのさ!」

「えっ!?」

「タウロスは出すくせに!」

「だってその前にロキ出したばかりだったから……って、それより早く戻りなさいよ!」

手首の捻挫くらいでそんな騒がなくてもいいのに。軽いものだし、日常生活にそれ程支障を来すものでもない。

「ナマエ帰ろう! 今日は休むべきだ! 僕がお世話してあげるよ!」

「そこまで言うなら」

「あ、ナマエはそれでいいんだ!?」

「俺、時々ロキとナマエがどういう関係なのか分からなくなる」


捻挫は片手だけなのにロキは私の荷物を持ってくれた。大した物も入ってないから重くもないのに。捻挫をしている方に並んで歩いて、出来るだけ人混みの無い道を選んでくれた。怪我人に何かする程人々は暇じゃないだろうに。ロキだって、本当は暇じゃないだろうに。

「あ、昨日包帯替えるの忘れた」

家に着いてソファーに座り、ふと思い出して呟くとロキが既に包帯を持っていた。どうやら替えてくれるらしい。随分と手馴れているように見える。

「今日の家事は僕がするよ。ナマエは休んでて。そうだ、部屋行く? 連れて行ってあげるよ」

「自分の部屋くらい行ける。家事だって別にできないわけじゃない」

「でもダメ。もし治りが遅くなったらどうするのさ」

心配性な人。

「ナマエはさ、自分ではそう思ってないかもしれないけど女の子なんだよ。女の子は自分の体大事にしなきゃ」

どの口がそれを言うのか。それに、私は自分を女ではあると思っているよ。

「穴とか開けちゃダメだからね」

自分だってピアスつけてるくせに。空いている方の手でロキの耳たぶに触れた。

「ナマエ?」

「何だっけ。どこかの本で、耳たぶが柔らかい人はスケベなんだって見た」

「へ、へえ……」

「でも柔らかさなんて分からないね」

「……そうだね」

ピアス引っ張ったら痛いのかな。そりゃあ痛いか。

「ずっと僕の耳たぶ弄ってるけど何か気になることでもあった?」

「自分は体に穴開けておいて、人には開けるなと言うのは理不尽だと思う」

「だから、ナマエは女の子だし」

「女の子でも開けている人はいる」

「じゃあ言うけど、ピアス穴開けるの痛いよ? それでもいいの?」

「痛いのはいや」

「じゃあ開けなくていいじゃないか」

別に開けたいわけではない。ただ、ロキはあまりにも私を女の子扱いして、大切にするから。変なの。前までは同じ魔導士だったのに、今はロキが星霊なんて、変なの。一緒に依頼を受けたこともあったのに、こんなちょっとの捻挫で心配するなんて変なの。

「ほら、包帯巻けたから」

「紅茶が飲みたい。ミルクティーがいい。温かいの」

「ん。分かった」

「あと、昨日作ったプリンがあるから一緒に食べる」

「はいはい……って、ナマエ、僕は無理するなって言ったばかりだよ?」

「言われたのは今日だもの。作ったのは昨日だもの」

「そうだけど……」

星霊でもこうやって時々一緒にいてくれるなんて、変なの。私の星霊じゃないのに、変なの。

「一緒に食べるの。ロキと一緒に」

「もしかして、僕が今日ギルドに顔を出すって知ってた? なんて、そんなわけないか」

「私、鼻はいい方だから」

いつまで一緒にいられるんだろう。いつかは離れてしまう時が来る。今はお互いが好きだからと言う理由で一緒にいられるけど、それだけでは一緒にいられない時が来てしまうのだろう。こんなに好きなのに、そんなの変だ。おかしい。それとも、星霊を好きになっちゃった私が変なのかな。

「ナマエ、寝るなら自分の部屋に……」

「怪我が治らなければいいのに」

「どうしてそんなこと言うの」

「そしたらロキと一緒にいられる」

酷く幼稚じみている。

「でも、手が治らなかったら何もできないよ。依頼も、家事も」

「出来なくても大して困らない」

「困るでしょ」

苦笑いを浮かべるのは迷惑な証拠? それとも呆れている? それとも……もっと別の何か……?

「手が治らなかったら、ナマエから僕にキスも出来ないよ?」

「出来るよ」

「じゃあやってみる?」

あ……自分の体重を支えることができない……。

「ほら、ね」

「ロキがそっちにいるから」

「いつでも僕が反対側にいると思ったら大間違いだよ」

意地悪。ああ、でも、私は諦めが悪いかな。

「それに僕はナマエの手が治ってくれないと困るな。だって、手を握ることも出来ないじゃないか」

反対の手があるのに? それでもロキは、そう言うの?

「何を考えているのか分からないけど、怪我はちゃんと治してね」

「変なの」

「え? どうして?」

「自分のことのように心配するのも、ちゃんと治せって言うのも、私の代わりに家事をするのも、包帯を替えてくれるのも、本当はしなくてもいいことなのに、当然のようにしてくれる。変なの」

「それは……」

「そんなロキが好き」

一瞬驚いた後、ロキは少し照れながら言う。

「当然だろう? 僕だってナマエが好きなんだから」

この先会える回数が減っても、いつか会えなくなったとしても、それでも好きでいられるような気がする。そんな風に思うのは、やっぱり私の方が変だからなのだろう。


2014.10.18

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