私の世界が色付いていく
目の前が色付く瞬間を、私は知らない。
私の世界はいつだって私と本と紅茶しか存在しなかった。両親や祖父母が健在だった頃はそれらも含まれていたけれど、今の私の世界には私と本と紅茶だけ。
それが嫌だとか、よくないとか思ったことはない。だからと言って、いいと思っているわけでもないのだけれど。
世界は広い。そんな世界の一部である私の世界はとても狭いのだろう。そんなことは理解していて、だけど変えようなんて思ったことは無かった。
「またエルザに怒られた……」
「エルザ怖い……」
「エルザ、別に怖くないよ」
ガクガクブルブル、恐怖に震える男の子二人。先程まで元気に喧嘩をしていて、そこにやってきた女の子が二人を叱った。いつもの光景、いつもの騒がしさ。
私はこの騒がしさが嫌いじゃない。
「ナマエはいいよなー。エルザに怒られたことないもんな」
「んー……確かにないな」
それは多分、私が年上だからだと思うんだけれど。
「グレイはナツと喧嘩しなければいいんじゃない? そしたらエルザも怒らないよ」
「俺がナツと? 有り得ねえな!」
喧嘩する程仲が良いということもある。私はいつも、二人の喧嘩を見ては何だかとても微笑ましくて、とても羨ましかった。
私には本気で喧嘩をするような、友人と呼べるような人はいない。エルザやグレイやナツと言ったフェアリーテイルの皆とは仲が良いつもりだし、仲間意識みたいなものもあるけれど、ただそれだけだった。
「ナマエ、今日は何を読んでいるんだ?」
「恋愛もの。自分嫌いの女の子が人嫌いの男の子を好きになる話」
「ほう。面白いか?」
「面白いよ」
エルザとは、恐らく一番よく話す。私がフェアリーテイルに入った時からよくしてくれる子だ。いつも気にかけてくれて、興味もないだろうに、私に本の話を聞いてくる。
「あいつはまだお前に挨拶してないのか?」
「あいつ?」
ああ、この間エルザが文句を言っていた新入りさんか。確か、出会ってすぐナンパされたとか……それでエルザはその人をボコボコにしたってミラから聞いたな。
「興味ないんじゃない?」
私も大して興味があるわけじゃない。相手も興味がないのなら、関わることもないだろう。別に珍しいことじゃない。このフェアリーテイルの中でも殆ど話さない人もいるし、彼もその一人になるだけだ。
挨拶だって、するつもりもないのなら無理強いはしない。
「全く……あれだけ女子に声をかけておいてナマエには挨拶一つしていないとは!」
「別にいいよ。挨拶なんて話す機会があったら自然とするものだし」
「ナマエがそう言うのなら、私も無理して連れてこないが……」
無理矢理連れてくる予定だったのかな。
「あれー? 初めましてだよね? 僕はロキ。君の名前は?」
朝早く来ると、私以外に女子がいないことも多い。今日もまたそんな日で、偶然か知らないが新入りさんに声をかけられた。
「ナマエ」
「可愛い名前だね」
本でもよく見るナンパの手口。とりあえず褒めれば女子は気を悪くしない。
「朝早いね。早起き? 偉いなあ」
「あなたも早いじゃない」
「僕は偶然だよ」
笑顔を絶やさない人。でも、何だか寂しそうな笑顔。
「ナマエってずっとここで本を読んでいて、お茶を飲んでるよね? 好きなの?」
気付かれていた。
エルザの言う通り、挨拶してこないから私の存在に気付いていないのだと思っていた。いつも別の女の子といるし、とりあえず女の子を口説いているし、仕事しているのかも怪しいのに。
「好きだよ。本も紅茶も」
「そうなんだ。どんな本と紅茶が好きなの?」
何か、そんな風に質問してプライベートを探られているような気分になってくる。
「紅茶はよく分からない。ずっと家で飲んでいたから、その茶葉しか買わない。本は小説なら何でも」
「へえ。お勧めの紅茶を教えてあげるよ。よかったら今からお茶でもどう?」
「いや、今お茶飲んでるし」
「あ、そう」
変な人だな。お茶を飲んでいることくらい一目瞭然だろうに。あ、ちょっと冷めてる。
「ずっと話してみたいと思っていたんだ。気付いたらここにいて、いつも一人で本を読んでいるのに周りにグレイとかナツがいて話しかけにくかったんだよね」
「ふうん」
「僕、最近ここに入ったんだけど知ってた?」
「うん」
「あ、そうなんだ。もしかしてグレイとかから聞いたの?」
「エルザとミラから」
「ああ、その二人か」
途中、色んな人にからかわれたけれど、彼は私に話しかけるのをやめなかった。
そんなに暇なのか、話したことなかったからただの興味本位か。
「なんだ、やっとロキはナマエに挨拶したのか」
「え、エルザ……」
ボコボコにしたっていうのは本当の話だったのか。怯えてる。
「おはよう、エルザ」
「おはよう。今日も早いな、ナマエ」
エルザの後ろからグレイとナツが喧嘩しながら歩いてくる。その脇にはハッピーがいて、朝食なのか魚をくわえていた。
どんどん人がやってくる。色のない世界を、まるで彩るように。
このフェアリーテイルに来て思ったことは、日々が目まぐるしく過ぎていくこと。でも、一日一日がゆったりとしていて、私の世界を崩すことなくすんなり溶け込んでいく。
じわりじわりと、赤や緑が浮かんできて重なって、私の世界に馴染んでいく。
「お前ら! また喧嘩して! 少しは仲良くできんのか!!」
ああ、そうか。
「また喧嘩してるなー。あの二人はよく喧嘩してるよね」
私は気付かないうちに、私の世界が私だけの世界ではなくなっていたのか。
「喧嘩する程仲が良いって言うからね」
だからここは、居心地がいい。
私の世界が色付いていく2014.03.03
:
back :