君に好きと伝える時
「水鏡先輩、これあげます」
そう言って僕に渡してきたのは、ピンクや赤で彩られたリボン等で綺麗にラッピングされた袋だった。僕は何も言わずにそれを受け取って、これを渡してきた本人に言う。
「一体これは何だ?」
「チョコですよ。バレンタインの」
「そうか。チョコか。どうもありがとう。だが幾つか言いたいことがある」
「どうぞ」
「バレンタインデーは昨日だ」
まだ雪の残る道路。太陽の熱で溶けかけては冷たい空気で固まっていくその中、すぐに来てくれと呼び出されて渡されたのは、三つ四つ程のチョコレートが入った袋だ。
しかもバレンタインのチョコレートだと言う。日付的に言えば昨日がバレンタインデーだったと思うんだが、僕の思い違いだったんだろうか。
「でも昨日、雪だったじゃないですか。雪の中をわざわざ渡しに行くなんて、面倒ですし」
気持ちは分かる。僕だって、たった四つのチョコレートの為に雪の中を歩きたくはない。しかし、だ。彼女のその思考は女子としてどうなんだろうか。
「チョコレート貰えただけよかったと思ってくださいよ。渡すつもりなんて無かったんですから」
「じゃあ何で渡すことにした?」
「世間では、製菓会社の思惑通りに好きな人に告白する為にチョコレートを購入するわけですよ」
「だから?」
「察してください。それじゃあ寒いんで、私は帰りますね」
「僕は超能力者じゃないんだが?」
分かり難い後輩を持ってしまった。そんな人に懐かれてしまった。いや、懐かれているかも分からない。無愛想で口数の少ない彼女と、僕は普段、どうやって会話をしていたんだっけ。受験勉強で暫く会っていなかったからな……こうして外で会って話すのも久しぶりだ。
思えば彼女とは、出会った時からかみ合わない。何せ、僕への第一声が「大嫌いです」だったんだ。それがどうして呼び出されてわざわざ出掛けるまでとなったのか。いくら考えても分からない。
彼女の感情や思考だって、僕には殆ど分からないが、一つだけ分かることがある。
「苗字」
「はい?」
早く帰りたい、と言う表情をされた。
「僕は、3月にはもう卒業する」
「そうですね……」
「君は今年、受験生だ。どこの大学に行くか決まっているのか?」
「決まっていたとして、それを水鏡先輩に言う意味は?」
「苗字なら決まっているかと思っただけだ。決まっていないなら自分のレベルに合った大学にするんだな」
少しムッとした表情を見せて、彼女は口を開く。
「レベル云々はともかく、どこに行くかは決まってますよ」
「ほう……苗字にしては早いな」
「どっかの寂しがり屋な先輩と同じ大学に行く予定です」
「そうか」
「結局、気付いてくれないんですか」
「僕は烈火や土門じゃない。気付かないわけないだろ?」
「私、水鏡先輩のそういうところ大嫌いです」
あの時と同じように大嫌いと言われる。
彼女は僕にそう言う時、決まって目線を落として言うから、どういう意味なのか嫌でも気付いてしまうものだ。彼女自身があえてそうしているのか、ただの癖なのかまでは分からないけれど。それでも、彼女なりの合図なのだと思う。
「大嫌いなんて言いたくないなら言わなければいいのに。馬鹿だな」
「本当にそういうところは大嫌いなんです」
「僕は君が素直にならない限り絶対に言わないぞ」
「何でですか。言ってください。このやり取り、去年もしたんですよ」
「そう言えばそうだったな。進歩のない奴だ」
「水鏡先輩だって同じじゃないですか」
どんどん不機嫌になっていく。悔しそうな表情で僕を見ている。寒さで真っ赤に染まった鼻が面白くて摘まんでやれば、尚更不機嫌になった。
「ああ、もう! バレンタインにチョコを贈って告白なんて一体誰が考えたんですかね!」
「さっき苗字も言っていただろう? 製菓会社だ」
「もう卒業しちゃうのに、どうして言えないんだと思いますか?」
「苗字は意地っ張りだからな。素直になればいいんじゃないか」
少しつり目な目を更につり上げて僕を睨む彼女はとても幼稚的だった。
「もういいです。今日は帰ります」
「おい、苗字。僕は来年のバレンタインも同じことになるのは御免だ」
「私も御免ですよ」
「こういったものに肖るのは正直好きじゃないんだが、ホワイトデーは期待してるといい」
「は? 先輩、卒業してるじゃないですか。どうやって会うんですか?」
「今度は僕が君を呼び出すよ。面倒だからと来なかったら後悔することになるだろうな」
彼女は素直じゃない。でも、僕も大概素直じゃない。
目の前の彼女が驚いたような顔で固まっている。目を見開いていて、漸く動いたかと思えばパチクリと瞬きをした。
君に好きと伝える時2014.02.15
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