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風が髪を揺らしたんだ

長く伸びた髪を二つに分けて、その内の一つを手に取り鏡に映るよう前に持ってくる。握った手で引っ張って更に伸ばし、その髪に百円ショップで売っていたハサミでジョキッと重々しいか、はたまた軽快か分からない音をさせた。

手には切り落とされた髪の毛。思ったよりも長くなっていたのだとしみじみ思っていれば、今の様子を見ていた破天荒がコーヒーカップを落とす音が聞こえた。今のは確実に割れたな。

「お、おまっ……何してんだよ……!」

少し震えて、けれど確かに怒りを孕んだ声で言う。それもそのはずだ。破天荒は手持無沙汰になると私の髪を指で弄る癖がある。私はそれに困っていたわけでは無いから構わないのだけれど、本人は結構無自覚だったようでそれを自覚したのはつい最近のことだ。

「何って……髪を切っているの。見れば分かるでしょ?」

「そりゃ分かるっつーの! 俺は何で切ってるのか聞いてんだよ! 切るって言ってなかったじゃねえか!」

私が自分の髪を切るのに破天荒の許可が必要なのだろうか。と思ったけれど結構ショックを受けているみたいだから口には出さないでおこう。

私も少し早まったかな、と思った。けど切ってしまったものは仕方ない。むしろ、こうでもしないと私は髪を切らなかったかもしれないのだ。

少し前の事。家に遊びに来たビュティが今髪を伸ばしているのだと言ってきた。あんなに可愛い子が女の子らしく髪を伸ばしたらそこら中の男が放っておかないだろう。髪の長いビュティもさぞ可愛らしくなるに違いない。髪が伸びた数年後の少女を思い浮かべてその時を楽しみに思った。

そして少女は続けてこう言ったのだ。

『私、ナマエさんの髪って長いのに痛み一つ無くて綺麗だなって思ってたの! 髪伸ばし始めたのもナマエさんに憧れてからなんだ!』

キラキラと少女に似合う輝いた瞳で言ってきた。それに飲んでいた紅茶のカップを落としそうになったのを何とか踏みとどまった私は偉いと思う。

少女は私に憧れていると言った。私自身そんなこと言われるなんて思わなかったし、何より憧れられるような人間でも無いと思う。だから正直驚きと同時にどうして? と言う言葉が頭を巡った。だけど自分だけじゃ答えなんて出るはずもない。ビュティに聞こうと思っても純粋な少女の顔をしている彼女に、「どうして私なんかを?」と聞いてはいけない気がした。

そうして私は色々考えた末に、髪の毛を切ろうと言う決意に到ったのだ。そろそろ鬱陶しいと思っていたのもある。今までは切るタイミングが見つからなかったから伸ばし続けていたけれど、これはいい機会だと思った。

「もう暑いし、そろそろ切りたいと思ってたのよ」

どうして、なんで、と捲し立てる破天荒にそう言うと、彼は納得できないと言った表情で私を見る。私は分けたもう一つの髪を取って前に持ってきて、先程と同じようにハサミを入れた。鏡を見ているから同じくらいの長さだとは思うが、プロじゃないから相当拙い出来となっている。でも自分自身の髪型なのだから何の問題も無いだろう。

「せめて美容院に行けよ」

「破天荒の口から美容院と言う言葉が出たことに驚きなんだけど」

確かに美容院に行けば綺麗にカットしてくれるだろう。毛先だって痛むこともないはずだ。でもなぜか自分で切りたくて仕方なかった。まるで髪が長かった頃の自分を全て捨て去りたいとでも言うように。

「あんなに長かったのにな」

「破天荒は髪が長い方が好みなの?」

「何でそうなるんだよ。俺がそうだって言ったらまた伸ばすのか?」

「いや? 私は誰かの為に伸ばすなんてことしないよ」

そう言ったら破天荒は当然だと言わんばかりの表情を浮かべてから、短くなった私の髪の毛先を指で弄ぶ。

「痛むな……」

「そうね。でも結構満足してるのよ」

別にビュティに髪を短くしてほしいと言うわけじゃない。彼女は彼女で長髪が似合う女の子に成長するのだとも思う。でも私に憧れて伸ばすと言うのは不可解過ぎて、私はただせめて女の子らしく見えるようにと伸ばしていただけだったから申し訳なく思ったのだ。結局、髪型は伸ばす前の私と逆戻りになってしまったけれど。

あぁでも、やっぱり髪は軽い方が良い。

「破天荒は、髪が短い私は嫌い?」

「別に髪型なんて関係ないだろ。ナマエはナマエなんだからよ」

そう言ってくれると思ったから、私は躊躇いも無く切れたのだと思う。



風が髪を揺らしたんだ


2013.04.06

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