緑色に目をつけられた
「(あぁ神様。私何か悪いことしましたでしょうか)」
そう思いながら掲示板に貼り出された一枚の紙の文字を読んだ。
「(実際、ロケット団なんだから悪いも何もないんだけどね…)」
それでも、これだけはあってはならなかった。
この目の前のペラッペラの一枚の紙が、私に多大なる絶望を与える。
移動命令の文字が、たった四文字が、私を硬直させる。
「ナマエ、何やったのよ」
同期であり、比較的仲の良い下っ端その1が話しかけてきた。
「何って…何もしてないからショック受けてるんじゃない…」
「でもさぁ、私にしたらすっごい羨ましいっつーの!」
「じゃあ代わってよ」
「私じゃなくてアテナ様に言って頂戴」
まぁそんなわけで、自分の上司であり、物凄く慕っているアテナ様に事情を聞いてみた。
「まぁ…色々あるのよね」
「色々って何ですか…何でよりによってあの緑頭なんですかぁ!」
「泣かないの…」
困ったような顔をしたアテナ様を見ても泣き止めなくて、そのままグズグズと涙と鼻水を流したままアテナ様のお部屋に入らせてもらった。
入ったの初めてだ。
「とりあえず、鼻かみなさい」
「はい…」
ずび…と鼻をすすりながらティッシュを取ってかんだ。
「あなたの気持ちも分かるけどね、どうしてもって言うのよ」
「どうして断ってくれなかったんですかぁ…」
「あの人も案外強情でね」
「あの緑頭め…」
「だから、今日中にはもうランスの元へ行って頂戴ね」
神様仏様アテナ様が私に与えたのは絶望でした。
仕方が無いのでランス組(と言っても別に学校ではない)のいる元へとやってくると無駄に騒々しい。
あと少しで任務とのことで、いくつかのグループに別れる為みんなここに集合しているらしい。
「(あぁ、そこらじゅうに男いやがる…)」
そもそも何で私があんなに移動を嫌がったと言えば、大の男嫌いだから。
おじさんとか、一部は平気だけど、基本的に男はダメ。ポケモンは可。
「もうすぐランス様来るわよ!」
「急ぎなさい! 遅刻なんてランス様が許しても私が許さないわ!!」
一段と騒がしくなって、人が増えた。
ランス様は、ロケット団で最も冷酷と言われているのに部下から慕われている。
部下であっても敬語で丁寧に話す。
礼儀正しいのはいいけれど、私はやっぱり男は嫌。
「(頼み込んで戻してもらおう)」
そう思っていると静かになった。
「皆さん揃っていますね」
ランス様がやってきたんだ。
「では、これからヤドンの井戸へ向かいます。そこで尻尾を切り落とし、我らロケット団の活動資金にします」
ヤドンの井戸と言えば、その名の通りヤドンが多く生息する場所。
確かヒワダシティのすぐ近くにあるんだっけ。
「今から私が名前を呼ぶので呼ばれた人はついて来てください」
ランス様がどんどん名前を呼んでいく。
そして最後に、私の名前が呼ばれた。
◆◇◆◇◆◇◆
「ふざっけんな……」
小さくそう呟きながらヤドンの井戸の梯子をくだっていく。
上にも下にも知らないロケット団員。
やっと洞窟に入れば、すでにヤドンの尻尾を切り落とす作業に入っていた。
それは何とも痛々しい光景で、思わず顔を歪めてしまう。
「(ヤドン、可愛いな…)」
でも、とても可哀想だった。
「ランス様」
けれど、私はまずこの人に話をしなければならない。
文句は山ほどある。
「何です」
「あの、今日からアテナ様のチームから移動になったナマエです」
「あぁ、貴女が。ナマエですね」
「その、人員には困っていないようなので、出来たらアテナ様のチームに戻していただきたいのですが」
こういう時、男の前で敬語になる癖が役立ってよかったと思う。
元々上の人間に敬語を使うのは苦手だ。
「それは無理な相談ですね」
「え……」
「貴女はもう私の部下ですし、すぐに戻られては移動させた意味が無い」
「……」
それは最もな話であるにしても、ならなぜ私だったのか、疑問が浮かぶ。
「さっさと作業に取り掛かってください。時間があまりありませんので」
「なん、で…何で私なんですかっ!」
大きな声が洞窟に響いた。
「私にする意味ないじゃないですか! 何なんですか! あーもう男の近くに5分以上いて鳥肌たってきた!!」
ロケット団の団員制服に包まれた自身の腕に鳥肌がたつのが分かり、手でさする。
素早くランスとの距離をとった。
「もういいです。作業してきます」
あーヤドン可哀想ー!
なんて大きな声で言いながらジロジロ見る他の下っ端共が空けた道を通り、目の前に現れたまだ尻尾を切られていないヤドンを見る。
「別に、ヤドンは悪くないのにねー」
それに数秒遅れて「やぁん」なんて気の抜けた鳴き声をあげた。
「畜生。私が何か悪いことしたかよー…。よりによって男の部下になるなんて…」
ブツブツ文句を言いながら先程支給されたハサミでヤドンの尻尾を切った。
ヤドンは痛みを感じるまでに時間がかかるらしく、時間差で痛みの鳴き声をあげた。
自分の手の中に納まるヤドンの尻尾は、見れば見るほど気持ち悪くなり、吐き気を覚えた。
「うっ…気持ち悪い……」
尻尾が切られたヤドン。
その尻尾を握る私。
頭の中で何度も何度もヤドンに謝った。
「井戸を出ても構いませんよ」
「!!」
いつの間にか後ろには一応今の上司のランス様が立っていて、こちらを見ていた。
「それは、私は必要ないってことですか」
「……」
その無表情、足蹴にしてやりたい。
「いいえ。気分が優れないようなら、と言う意味です」
「……」
何でこんな人が、部下に好かれるのか分からなかった。
「実際、さっきから軟弱な部下たちが何人か気分を悪くしていましてね」
見てみれば、ヤドンの切れた尻尾をみて気持ち悪くなったのか青い顔をしている人がちらほらといる。
しかも男の人ばっかり。
「……貴女も、」
「もういいです。諦めます」
休んでる団員はいた。
顔を青くしながらもヤドンの尻尾を切る団員もいる。
多分それは、彼らが自分でランス様の役に立ちたいからなのだろう。
それほどまでに慕う男だということは、今充分わかった。
ロケット団で最も冷酷と言われた男は、ロケット団の部下には優しいのだから。
「戻るの、諦めます」
「…そうですか」
「でも、何かあったらすぐアテナ様の元へ行くんで」
「貴女はどうやら私を甘く見ているようですね」
その言葉にランス様の顔を見た。
「そう簡単に、アテナの元へなど行かせませんよ」
そう言うや否や、背中を向けて別の団員の元へと行ってしまった。
「え、なに、さいごの」
最後の言葉の意味が分からず首を傾げると、やりとりの一部始終を見ていた他の下っ端は皆こう言った。
"あの団員、気に入られたな"
緑色に目をつけられた(ランス、あのナマエって子どう?)(思った以上に面白い子ですね)(…気に入ったのね…可哀想に)
end
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