なんてずるい人
「今日もまた、負けたのかな?」
ルネシティの水辺を見つめてしょんぼりしてると話しかけられた。
「ミクリさん」
「ナマエちゃん、君はどこかチャンピオンに手加減をしてるんじゃないかい?」
「何を馬鹿なことを…この私が手加減なんて…」
自分は強いと信じていた。
でもチャンピオンは、私よりももっともっと強くて、初めて戦った時は手も足も出なかった。
それでも足掻いて良い所まで追い詰めるのに、結局いつも負けてしまう。
悔しくて仕方なくて、心を落ち着かせる為に今日はルネシティに来た。
「自分の力を、過信してたんです」
「みんなそうだよ。むしろ、君が君の力を信じなくて誰が信じるのさ」
「倒せないんです。ダイゴさんが」
倒せないから、好きだとも言えずに、何ヵ月も過ごした。
ここまでやって勝てないのなら、いっそ諦めてしまった方がいいのだろうか、とさえ思えてくる。
「(彼も、ここまで追い詰めてるなんて思ってないんだろうなぁ)」
「私のマグカルゴを軽く倒してしまうんです。メタグロスに勝てません」
「大丈夫」
ぽんぽん、と子供を宥めるように頭に手を置いた。
「君なら、勝てるさ」
ミクリがニッコリと微笑むと、ナマエは元気が出たのか表情を明るくした。
「ありがとうございました!! 私またダイゴさんに挑戦して、勝って、それで告白してきます!!」
「(素直な子だな…)」
ナマエはモンスターボールからボーマンダを出すと背中に乗り、空を飛んでいった。
それから数日後、ダイゴはチャンピオンを辞め、新たにチャンピオンになったミクリはそろそろ来るんじゃないかと予想する人物を待っていた。
四天王を勝ちあがってやってきたのは、ミクリが待っていた女の子。
「四天王の人たちに聞きました」
怒りに満ちたオーラを纏い、鋭い目を光らせ、右手にはモンスターボールを握っている。
風なんて吹いていないのに、彼女の髪の毛は揺らめいていた。
「ナマエちゃん……」
「ダイゴさんがチャンピオン辞めたってどういうことですか!!」
「彼はストーンゲッターになって世界各地をまわっているんだよ」
「ふざけないでください!! 折角私がポケモンを育てて挑戦に来たと言うのにダイゴさんがいないなんて、なんて無意味なんでしょう!!」
「ちょ、落ち着いてっ!」
その後、チャンピオン戦を行ったところ、ミクリはあっさりナマエに負けてしまった。
怒りに満ちた彼女の強さ、と言うかその勢いによってポケモン達も力を発揮したのだ。
ミクリの水ポケモン達はみんな目を回している。
「ナマエちゃん…おめでとう。チャンピオンである私を打ち負かすとは…なんとワンダフル! 憎らしい程エレガ、」
「ダイゴさんの居場所をさっさと吐いてください!!」
「最後まで言わせてくれないか!?」
ミクリはナマエにダイゴがいると思われる場所を伝えた。
彼は先日からポケナビやポケギアが通じないらしい。
「ふざけたところにいるんですね…あの人は…」
「(意外とふざけた人だからね)」
ナマエはミクリに背を向けると、扉の方へを歩いていく。
「あ、私チャンピオンとか興味無いんで、ミクリさん頑張ってください」
そう言ってのけると、彼女は部屋を出て行った。
「酷くショックを受けたんだろうね…。彼がいないことに」
ミクリはそう呟くと溜息をついたのだった。
誰もいない、チャンピオンの部屋に溶けていく。
◆◇◆◇◆◇◆
ナマエがやってきたのはりゅうせいの滝。
ゴールドスプレーをフル活用し、奥に進むと壁やら何やらを見つめる、探していた人物を見つける。
ナマエは驚かそうと思いつくと、ゆっくり静かに、その人物に近づいた。
「!!」
人影が近づいてくると気付いたのか、こちらを振り返ってきたその人物に、ナマエの姿を見られる。
「ナマエ…」
「ダイゴさん…」
何故ここにいるのかと、お互いに問うと、ダイゴはあと数週間で別の地方に向かうらしく、その前にホウエンを見ておこうと考え、ここに来ていたらしい。
ナマエはミクリに勝ち、ここにいるかもしれないと聞いて来たと伝えると、ダイゴは驚いた表情を浮かべた。
「彼に勝ったのか…」
「はい。勝ちました。でも勝った気がしません」
だって貴方に勝ち逃げされたんだもの。
そんなの、私のプライドが許さない。
「それでここまで追いかけて来たのかい?」
「はい! 私とバトルしてください!」
そして勝ったら言うんだ。
私の気持ちを。
何も知らないこの人に、伝えるんだ。
「断るよ」
ナマエは意気込んで、既にモンスターボールを手に握りしめていた。
が、ダイゴはにっこりと笑ってバトルを断る。
「……」
断られたことが相当ショックだったのか、ナマエは目を見開いて固まった。
「僕はもう、ナマエに勝てる気がしないんだ」
チャンピオンを辞めた今、彼女との勝負で手を抜かないことなんてできない。
強くなり続ける彼女は、きっともう無自覚に手を抜くことも無い。
メタグロスでさえも、マグカルゴで倒されてしまうだろう。
「…ずるいですよ。負けるのが怖いんですか!?」
「うん。怖いね」
負けた経験なんていくらでもある。
でもそれを上回るくらいに、勝った経験があるんだ。
それに、君が勝ったら君は僕を追いかけて来ないだろ。
「負けと分かって勝負しないのは頭がいいとは思いますけど、そんなのずるいです!」
君が勝ったら、僕に告白をして、その後は満足気に笑ってここを去ってしまうんだろう。
「大体ストーンゲッターってなんですか! チャンピオンよりも大切な仕事なんですか!?」
彼女の大きな声がそこら中に響いた。
「私に、貴方に負けたという事実をこれ以上背負わせるんですか!」
勝ったと言う事実でそれを上塗りしたかった。
きっと塗りつぶせると思っていたから。
「ナマエも十分ずるいよ。泣くなんて…」
ハラハラと落ちていく涙を、ゴシゴシとリストバンドで拭うと顔を俯かせる。
「ごめんね…」
"好きだよ"
響かない程度に、呟いた。
涙を溜めるナマエは再び目を見開いて、その瞬間にぽろりと一滴地面に落ちる。
「…本当に、ずるい人ですね」
私が言う前に、言ってしまうなんて。
「女の子から告白なんて、かっこ悪いじゃないか」
「そんなこと無いですよ」
思わず止まった涙。
ダイゴは顔を上げたナマエの頬にそっと触れる。
するとナマエは小さく口を開いた。
「…私も、好きです」
なんてずるい人(でもバトルはしてほしいです)(困ったなぁ。今メタグロスしか持っていないんだ)(こんなところに来るんならもっと準備しておいてください!)
end
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