Dry lip
「しまった…リップクリーム忘れた…」
鞄に入れてあったポーチの中を入念に探るも、目的のものは発見できなかった。
ついでに鞄の中に落ちたんじゃないかと思って探してみたり、ポケットに入れたんじゃないかと手を突っ込んでみたり。
結局リップクリームはどこにもなくて、忘れたんだと肩を落とす。
「(唇…渇いてるなぁ…)」
自分の指で触れてみると、乾燥のせいで唇に潤いが無かった。
心の中で涙を流していると、改造を終えたのか、はたまたただの休憩か、彼女を放り出して機械を弄っていたデンジがやってくる。
「ナマエ、また勝手に入ってきたな…」
「ジムだからいいじゃん。ポケモントレーナーは自由に出入りできるでしょう?」
「だからって休憩室に無断で入っていいわけないだろう」
その言葉に少しムスッとする。
子供のように頬を膨らませてみた。
「可愛くないからやめろ」
「殴っていい? ねぇ殴っていい!?」
少し声を張り上げると、自然に口も大きく開けることになって、その瞬間にピリッとした痛みを感じた。
「(え、唇切れた…!?)」
慌てて持ち歩いている小さな鏡を取り出して自分の顔を見つめた。
「あー…ちょっと切れてる……」
小さな声で呟くと、ペットボトルの水を飲んでいるデンジが気付いてこちらにやってきた。
「何だ?」
「べ、別に何でもない、よ…」
思わず声が裏返る。
隠すことでもないが、なんとなくかくしていたくなる。
「ナマエは隠し事下手だからな」
「何でもないってば…!」
閉じられた鏡で唇を隠し、近寄ってくるデンジに見えないようにした。
明らかにバレバレであるその行動に、デンジはナマエの両腕を掴み、強引に唇から離す。
「……」
じぃ、と唇を見つめた。
「み、見ないでよ……」
「切れてる」
「分かってる…乾燥しやすいの…」
リップクリーム忘れちゃって…と呟いた。
「春だってのにまだまだ乾燥してるからな」
「そうなの! もうそろそろいいんじゃないかって思うくらい乾燥してるの!」
先程切れたところに、再び痛みが走る。
「もう…リップ取りに戻る…」
いつの間にか解放された手で唇を隠した。
「また来るから、機械いじってないで私にも構ってよね」
そう言うと、のろのろと歩き始めた。
するとデンジはナマエの腕を掴み、振り向かせる。
「なに…?」
「どけろ」
そう言うなり顔を近づける。
手を退けなかった為に、唇ではなく手の甲にデンジの唇が触れた。
「どんくさいな」
「うるさい…! い、いきなりそんなことするそっちが悪いんでしょ…!!」
頬を赤く染めて、思わず唇から手を離す。
そんな隙を狙ってデンジは再び素早く顔を近づけた。
その動作に思わず目を閉じるナマエ。
唇が離れると、ゆっくり目を開けた。
「…乾燥してる」
「だから言ったじゃん!」
Dry lip(なに…確かめる為にキスしたの!?)(……)(バカじゃないの!? 私のドキドキ返せ!)(ドキドキしたんだ?)(うるさいバカ! 機械オタク!)
end
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