ポケモン短編 | ナノ
甘い匂いと赤い箱

「あいつ、今年は手作りがいいとかほざくのよ」

「そんで珍しく料理の本なんて見てるのか」

俺の幼馴染みであり腐れ縁であるデンジの彼女は文句を言いつつも、どれにしようか迷っている様子でページを捲った。可愛らしいチョコレートとラッピングが表紙のそれは女子に売れているレシピ本らしく、このデンジの彼女――ナマエもまた表紙を見て買ってきたらしい。

当の幼馴染みと言えば珍しくジムで仕事だとか言って早々に部屋を出て行ったようだ。入れ違いで俺がやってきたのをナマエに捕まったってわけだな。

「オーバはどんなの貰ったら嬉しい?」

こうして一応俺に聞いてくるあたり、ナマエもデンジのことをきちんと好きでいてくれるようで長い付き合いだからか俺の方も嬉しくなる。

とりあえず、ナマエの手元にあるレシピ本を覗き込めば、貰う分にはいいが欲しいかと問われたら首を横に振りそうな程、可愛いとしか言いようのないチョコレートの写真があった。他のページを見ても大体女子受けの良いものばかりだ。この本が男に贈るチョコレートの本なのか、女子が好きなそうなチョコレートの本なのか分からなくなる。

「あいつは、ナマエからなら何でも嬉しいと思うぜ?」

「何でもが一番困るのよ」

「夕飯のメニュー聞いたら何でもいいって返ってきた時の結婚3年目の嫁みたいなこと言うんだな」

「オーバの例えって長くてめんどくさい」

最近ナマエも彼氏に似て辛辣になってきた。俺は出会った当初の、まだ四天王の俺に対して敬う気持ちを持っていた頃のナマエに再び会いたい。

「じゃあナマエはどれがいいんだ?」

「自分で食べるならこれ。可愛いしおいしそう。でも、男にあげようとは思わないわ。このレシピ本、女子の女子による女子の為の本って感じするもの」

「なんで買ってきたんだよ!」

「ラッピングの参考になると思った。ラッピングに関しては全くと言っていい程載ってなくて買い損よ」

「あ、そうっすか……」

料理はそこそこ自信のあるナマエだが、お菓子作りはあまり得意でないらしい。ナマエは別のレシピ本を開き始めた。

「チョコなんて溶かして固めるだけだろ? ラッピングなんて後からでいいじゃねえか」

「ただ溶かして固めるだけのチョコが美味しいとお思いで? テンパリングも出来ないようじゃデンジに満足のいくチョコを食べさせてやれないじゃないの」

おっ、何だかんだ言ってやっぱりデンジの為を思ってるんだな。口は悪いけど。

「そしてデンジには手作りの大変さを思い知ってもらい今後二度と私にお菓子作りをリクエストしてこないようにしなければ……」

「それならいっそ完成度の高いものを出さなきゃいいんじゃねえかな!?」

ここはデンジに似たのか、それとも元の性格なのか、負けず嫌いの努力家なせいで相当な拘りを持ってチョコレート作りに挑むらしい。レシピを見る姿が女子とは思えない程、気迫のある表情をしている。

「ああ、そうだ。オーバにも友チョコあげるからね。楽しみに待ってて」

まあ、こうして今年も俺はチョコ0個にならないから、暇な時くらい付き合ってやるけどな。


* * *


本日はバレンタインデー。何処も彼処も浮足立ってる男子やここぞとばかりにイチャイチャするカップル、そして告白しようとしている女子で溢れかえっている。

毎年いくらかチョコを貰えるのは四天王の特権だろうか、と俺は毎年考えるが、ここ数年は友チョコではあるものの1個は確実に貰えているのでバレンタインも悪くない。

まあ、目の前の幼馴染みには毎年大量のチョコが贈られるわけだが。ジムに届いたチョコを処理するのも慣れた。一日処理しきれないからあいつはジムトレーナーにお裾分けをして、更に近所のガキ共にも配っているらしいが。随分前に子供が「今年もチョコくれるかなー? デンジさん」と言っていた時は自分の耳を疑ったし、ナマエと付き合い始めるまでショタコンでロリコンだと疑っていたくらいだ。

今年もあいつのジムには大量の可愛いラッピングを施されたチョコレートが贈られているらしく、俺に連絡が来た。食べに来い、と。本人は彼女から貰うからとここ数年はこれらに手を付けないから何度か怒った。怒ったが、聞く耳持たない。チマリがチョコを嬉しそうに食べているのを見るのも毎年のことだ。

「ほら、リクエスト通りの手作りチョコよ」

「彼女らしからぬ渡し方に文句がある」

「手作りって手間かかるし面倒なのよ? それをリクエストしてきた彼氏様にハッピーバレンタインなど言えるはずもない」

ナマエがチョコを渡す時に、素直に言えずつっけんどんな態度をするのも毎年のこと。

「そもそも、バレンタインにチョコを贈るなんて製菓会社が売り上げアップの為に作った話なんだし、それに肖る人がいるのは自由だけど私にもそれを求めないでほしいわ」

「文句言いながら作ってくれるくせにな」

それな。

「だって、贈りたければ贈りたい時に贈ればいいのよ。言葉でも物でも、それこそチョコでも。だから、これはあくまで日頃のお礼。一応お世話にはなっているわけだし、ジムトレーナーのみんなと分けて食べて」

「は?」

ナマエが渡したのはケーキが1ホール丸ごと入りそうな箱。中身はミートパイ。毎年デンジ宛のチョコの消費でこれから一、二週間程チョコを食べられなくなるジムトレーナー達を思って甘いもの以外を作ったらしい。ミートパイならナマエも得意だと気合を入れていた。だが、それがデンジ宛のバレンタインの贈り物で無いことは明白だった。

「なんだよ……お前はいつもジムトレジムトレって……実は俺よりジムトレの方が好きだろ?」

「チマリちゃん可愛い」

「知ってた」

「で、まあ、こ、これが……一応……一応っ! デンジ宛のチョコ……なんだけど……」

この勢いで渡してしまおうと思ったんだろう。鞄の中にしまっておいた、可愛らしいラッピングのそれを出して女子らしく恥ずかしそうにしながら控えめにチョコを差し出した。女子らしく、とは言ったがナマエは立派な女子だった。本人に言ったら鳩尾殴られる。

顔を赤くしてデンジにチョコを渡したナマエは、ミートパイを切り分けてジムトレーナー達に配りに行ってしまった。

「俺のナマエがこんなに可愛い」

「お前もこれが見たいからって毎年何かしらリクエストするのやめろよ……去年は有名店のチョコ、一昨年は店こそ指定してないが甘さ控えめのチョコがいいとか言ってただろ。毎年用意するの大変そうなんだぞ」

「言ったら必ず用意してくれるだろ?」

「我儘かよ」

「それとなく言うんだよ。今年はテレビ見ながらぼそっと「彼女の手作りチョコってのも一度は憧れるよな」って言ったらこうして作ってくれるんだぜ? 俺の彼女可愛いだろ? あげないからな?」

「安心しろ。お前から取るつもりはねえから」

何より、こんなめんどくさいデンジと付き合えるのはナマエくらいだし、あんなめんどくさいナマエと付き合えるのもデンジくらいだろ。俺はそんな二人を見ているくらいでいいよ。

「で、お前は貰ったのかよ?」

「ナマエからいつも通り友チョコを貰った。あいつ何で毎年俺の分も作ってくれるんだろうな」

「そりゃあ、友達だからだろ。あいつ、あれでここまで仲のいい友達って殆どいなかったみたいだからな」

「ナマエ妹にほしい」

「義理でもお前が兄とかねえわ。絶対ねえわ」

「……結婚する気満々かよ」


2016.02.14

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