ポケモン短編 | ナノ
夏の夕暮れ、涼やかな

眩しい陽の光。茹だるような暑さ。熱を乗せて吹いてくる風。夏のにおい。

むわっとする程の熱が全身を纏って、じんわりと体中から汗が出る。思わずモンスターボールからグレイシアを出して、彼女の体に擦り寄った。ひんやりと冷たい彼女は嫌がらずじっとしていてくれて、私はお礼を言ってから遠慮なく涼を取る。

しかし彼女は何と言ってもポケモン――所謂生き物である。彼女だって暑いと言う感覚はあるのだろう。少しもぞもぞし始めた。流石に可哀想だと思って彼女を解放すると、彼女は「いいの?」と言いたげな表情を浮かべてこちらを見る。優しく撫でて大丈夫と言うと、陽の当たらない影のできている場所へ移動して眠り始めた。

「ナマエ、暑そうだね」

「はい……流石にそろそろ限界ですね……」

雪国出身の私にとって、暑さは弱点のようなものだった。寒さなら耐えられるのに。昔ホウエン地方を旅していた頃も、相当涼しい格好をしていたがとても暑かった。

「いいものを持ってきたんだ」

「いいもの?」

一つの箱を持っている彼――マツバさんはその箱を開けて中身を取り出す。自分の出身地では見ることのなかったそれに思わず「あ!」と声を上げてしまった。

「この辺でいいかな」

「でも風が無くなってきましたよ?」

「夕方頃は吹くと思うよ。それまでは冷房入れようか」

「せ、扇風機でもいいんですよ?」

「遠慮しないでいいんだよ。それに、僕も暑いし」

そう言ってマツバさんはピッとエアコンのリモコンでスイッチを入れた。いくらかリモコンを弄って満足のいく設定ができたのかそれを置くと、一度この部屋から出て行ってしまう。冷房を入れた直後はまだ室内が暑いからだと思っていれば、彼はすぐに戻ってきた。

「もう一つ、いいものがあるんだ」

ニコニコしながらそう言うと、とある物を渡してくる。ひんやり冷たくて甘いそれに私の気分がよくなったのは言うまでもないだろう。

「いいんですか?」

「勿論。二人で食べる為に買ってきたんだ」

「ありがとうございます!」

以前、飲み物を買ってもらった時に私は自分の分のお金を渡そうとした。そしたらマツバさんは笑って払わなくてもいいと言ったのだ。恋人関係なのだから、こういうのは彼氏の特権なのだそうで、そういったことに疎い私はそうなのだと思い、今では払おうとすることも無くなった。初めの内は何度か払おうと試みたが、その度に払わなくていい、今度でいい、と言われ続け、最終的に「次払うって言ったら罰ゲーム」と言われてしまった。ちなみにその罰ゲームを受けたことがあるが、あれはもう二度と経験したくない。

「んー! 冷たくておいしい!」

「今でもこういうアイスキャンディーって結構売ってるものだね」

「公園で売っているやつですよね? 私もエンジュに来てから何度か買ったことがあります。地元には無かったので」

「そういえばナマエのいたところは雪国だったんだっけ?」

「はい。時々ダイヤモンドダストが降ることもあるんですよ」

「それはきっと綺麗なんだろうね」

いつかマツバさんと地元へ足を運ぶ日がきたらいいな、なんて漠然と考えることも少なくない。私がこのエンジュシティを好きなように、マツバさんにも私の地元を好きになってもらえたらいいなと思う。普段の雪も場合によっては綺麗に見えることもあるけれど、ダイヤモンドダストは本当に綺麗なのだ。

「地方によっては季節で随分と違って見えるから、ずっと旅をしてきたナマエが少し羨ましいよ」

「もっと写真撮っておけばよかったですかね……新しい場所に行くのが楽しくて、夢中になって、記録をしようなんて殆ど思わなかったので……」

「そうじゃなくて、今度僕とも一緒にどこか旅に行けないかなあって思ったんだけど」

「えっ……で、でもマツバさんにはジムが……そ、そりゃあ、マツバさんと旅ができたらきっと楽しいだろうし嬉しいですけど……」

「ちょっとくらいなら休めると思うんだよね」

「……わ、私もマツバさんと旅をしてみたいです」

色んな地方のゴーストタイプを見ていくのもいい。普通に各地を旅して観光するのもいい。まだジムバッチを手に入れていない地方ならジム戦をするのもいい。その場合はきっと、私だけジム戦をすることになるのだろう。

「んー、まあちょっと先の話だけど、別の地方に行くことにはなるんだけどね」

「え?」

「イッシュ地方って知ってる?」

「コンテストよりもミュージカルが流行っている地方ですよね。最近は映画にも気合いが入っているとか……イッシュ地方に行くんですか?」

「新しくできる施設に呼ばれたんだ。各地のジムリーダーとチャンピオンを集めているらしい。ハヤトくんも行くって言ってたよ」

「凄いですね! 各地のジムリーダーとチャンピオンなんて、とっても豪華じゃないですか!」

「そこでバトルができるらしいよ。僕らジムリーダーやチャンピオンとね。確かポケモンワールドトーナメントって言うんだったかな」

「面白そうです。イッシュには行ったことないので、見たことのないポケモンも沢山いるんでしょうね」

「最近僕も新しいポケモンを育てようと思っているし、そのポケモンワールドトーナメントができる前に下見に行こうと思っていてね。よければ一緒に行かないかなって思っていたんだ」

でも、ポケモンワールドトーナメントにマツバさんが出るってことはお仕事の一環でもあると思う。そうなるとお仕事の邪魔になってしまわないだろうか。私は思ったよりあちこち足を運んでしまうから疲れさせてしまうかもしれない。

「嫌だったかな?」

「そんなことは……! ただ……新しい場所に行くと私はフラフラと色んな所へ行きたくなってしまうので……」

「そのつもりで下見に行こうと思ったんだ。そこには見たことのないポケモンがいて、ナマエはきっとジム戦でもするのかなって思ったから。それに、お呼ばれした施設のある地方の下見って名目なら、休みも取りやすいだろうし、ね?」

「……本当に、いいんですか、えっ!?」

少し悩んで、隣にいるマツバさんを見て、意を決して言った時だった。アイスキャンディーを持っていた手が急に掴まれて吃驚した。

「垂れてる」

いつの間にか垂れていたアイスは、私の指を伝っていた。イッシュ地方の話に夢中で全く食べていなかった。いつの間にかマツバさんはアイスを完食している。早く食べ終えなかった私が悪いのだが……。

「……危なかったね」

「すみません……ありがとうございます」

確かに悪いのは私なのだが、何も舐めることないんじゃないだろうか。恋人関係とは言っても恥ずかしいものは恥ずかしいわけで、部屋が涼しくなり始めたと言うのに顔が一気に熱くなった。

マツバさんから手を解放されて急いでアイスを口に運ぶ。まだ随分と残っているけれど急いで食べなければ。また溶けて床に落ちてしまっては申し訳ない。

「で、どうする? 一緒に行く? イッシュ地方」

私を覗き込むように言ってくるからまた驚いてしまった。

「い、行きます……一緒に行きたいです!」

「うん。じゃあ一緒に行こう。楽しみだね」

ただアイス食べて旅に行くか決めただけなのに、部屋も涼しくなってきたのに、何でこんなにも顔が熱いのか。私は再びグレイシアの元へと近付いて彼女の体に擦り寄った。アイスはちゃんと完食した。


* * *


日が暮れ始めて一度冷房を切る。冷えた体がじわっと熱に包まれた。日が暮れてきたことで外が少し涼しくなってくる。風も涼しくなってきていた。

風に煽られてちりん、と小さく音が鳴る。ホウエン地方で有名なチリーン型の風鈴。マツバさんが昼間に持ってきたものだ。形が可愛いのもあるが、その音色がとても癒される。

「マツバさん、イッシュ地方には季節を感じさせるポケモンがいるそうですよ」

台所に立って夕飯の準備をしながら丁度お風呂を入れに行って戻ってきた彼に言った。

「ああ、季節に応じて姿が変わるんだっけ」

「はい。凄いですよね。きっとイッシュに行ったらそのポケモンにも会えるんでしょうね」

楽しみだなあ。私の知らないポケモン達に出会えるのだと思うと、うずうずしてしまう。

「一緒に旅をするわけだけど、下見ってことも忘れないでね」

「も、勿論です!」

危うく忘れかけていた。危ない。

「でも、僕も一緒だってことは一番忘れちゃいけないことだからね?」

昼間のアイスの時も思ったけれど、きっとマツバさんは分かっていてやっている。私の顔が熱くなることを知っているのだ。思わず料理をするフリをして背を向けた。

「ちゃんと分かった?」

どうやら判断ミスだったらしい。後ろから抱きしめられてしまった。恥ずかしい。

「わ、分かりましたから……その、抱き付かないでください……」

「ん。分かったならいいよ」

離れてくれたかと思えばちょん、と後頭部に軽く何かが当たった感覚に振り向くと、すぐ近くにマツバさんの顔があって、驚いて思わず風鈴のある部屋にいたグレイシアに飛びついた。私は悪くない。顔を熱くさせるマツバさんが悪いのだ。

後ろから楽しそうに笑う彼の声が聞こえる。やっぱりマツバさんは分かっていてわざとやっているのだろう。心臓がバクバクする。未だに慣れない。

私の腕の中でグレイシアがもぞもぞする。ごめんね、もうちょっと待って。今日のご飯とびきりおいしいのにするから。


2015.07.25

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