ポケモン短編 | ナノ
透き通るような、眩しい程の

冷たい風が小さく吹いている中コートも無しに、否、コートがあろうがなかろうが、水浴びをするには早すぎる季節だというのに、大きな水飛沫をあげて彼女は池に落ちてしまった。


今日は久し振りに休暇を貰い、彼女と二人で出かけようということになった。所謂デートというやつだ。自分なりに身嗜みに気を付けて待ち合わせ場所に行けば、こちらに気付いた彼女が笑顔を浮かべて待っていた。

「待たせちゃったかな?」

「いいえ。楽しみで少し早く来てしまいました」

それに幸福感を噛み締めてから予定していた場所へ向かえば、本日定休日と書かれた張り紙が。完全に失敗したと思っていると、彼女は気にした様子もなく笑顔でどうするか問うてきた。

「この辺を歩いてまわるのもいいですよね」

「それでよければ」

予定外のことがありつつもデートを楽しんでいると、真冬だというのにアイスクリームを持った小さな子供達が公園で走り回っていた。それを微笑ましく眺めていたら一人の男の子が彼女にぶつかってきたのだ。幸い二人とも転ぶことはなく、怪我もなく済んだのだが、その男の子が持っていたアイスクリームが彼女のコートにべっとりと付着していて、彼女は寒い中コートを脱ぐことになった。

僕が大丈夫かと問うと彼女は笑って大丈夫ですと答える。優しいのはいいのだが、優しすぎるのは少し心配になってしまう。そうしてコートについたアイスクリームを公園の水道で流していると、子供同士が喧嘩をしている声が聞こえた。どうやら怪我人も出ているらしく、ジムリーダーとして、一人の大人として見過ごせるわけもないわけで現場にかけつけると、そこには泥だらけになりつつも喧嘩する男の子達がいた。

男の子達の仲裁に入って事情を聴き、解決にはならないがお互いを傷つけることはしないように言ってその場を一時的に収める。

そしてコートが乾かないからと薄着のままでいる彼女にコートを貸そうとした時、僕が目を離した隙に喧嘩を再開した男の子達が彼女にぶつかり、池を背に立っていた彼女はそのまま重力に従い倒れていく。

僕が伸ばした手は届かず空を切って、大きな音と水飛沫をたてて彼女は池に落ちてしまった。

「ナマエちゃん!?」

深くはない池だったおかげで溺れることはなかったが、吃驚したのか呆然としている彼女に声をかけて手を差し出した。ゆっくりそれに手を重ねてきた。

「ありがとうございます……」

「大丈夫……なわけないよね。とりあえず一度帰ろう。このままじゃ風邪をひいてしまうよ」

いくら晴れていると言っても真冬だ。弱くても風は吹いているし、彼女自身も体が震えている。

「ごめんなさい……久しぶりにお出掛けできたのに……今日は私、あんまり運がよくないみたいで……」

「ナマエちゃんが謝ることじゃないよ」

お店が定休日だったのは僕が下調べをしっかりしていればよかった話だし、アイスクリームがついてしまったのも子供の喧嘩に巻き込まれるのも偶然だ。そして何より、喧嘩をその場しのぎで一時的に収めたのもいけなかった。

「で、でも私、雪国出身なのでこのくらい平気ですよ!」

全く平気そうには見えない。震えているし、そもそも濡れたままどこかへ行くわけにもいかないだろう。

「ダメだよ。平気じゃないだろう?」

「せっかく……お出掛けできたのに……」

相当ガッカリしたのか肩を落とす。とは言え、このままデートの続きなんてできるはずもない。そんなことをしてしまえば彼女が風邪をひいてしまうのは必至だし、会えない日がもっと続いてしまう。

「元気ならデートなんていくらでもできるよ。頑張ればナマエちゃんに会う為に時間を作ることもできるんだ。だから今回は……」

ふと視線を下に向ければ、濡れた服が肌に張り付いて透けていて、思わず視線を逸らした。

「すみません……マツバさん」

「ううん。とりあえず僕のコートを着て……」

「それはできません! マツバさんのコートを濡らしてしまいます」

「いや、着てくれないと……」

「これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません!」

ああ、なんて頑固な彼女だろう。素直に着てもらえないとまだ僕だって見たことのない君の姿を他の誰かに見られてしまうかもしれないというのに。

「多少は大丈夫です。コートはそのままマツバさんが着ていてください」

一度言い出したら聞かないんだ。

「じゃあ、その、せめて自分のコートを着てくれないかな……表しか濡れていないから中は平気だと思うし」

「え?」

「その……あのね……服が少し透けているんだ」

僕の言葉で漸く自分の姿を確認した彼女は、慌てて自身の腕で胸を隠す。赤い顔をしてぎゅう、と自分を抱きしめた。

「すみません……お見苦しいものを……」

「いやいや……!」

池に落ちる前、ぶつかった拍子に落としたコートを拾い上げて少しはたいてから彼女の肩にかけてやるとやっと僕の顔を見てくれた。

「あの、今度またお出掛けしてくれませんか?」

「え……勿論いいけど……」

「今日のやり直しというか……中断という形になってしまったので、続きと言いますか……」

それは僕から誘おうと思っていたのに。

「楽しかったんです。最後までちゃんとしたくて、なので、お願いします」

そんな風に言わなくても、こちらからお願いしたいくらいだ。

「うん。また今度やり直そう。僕も仕事こなして時間作るよ」

そう言ったら彼女は心底嬉しそうに笑った。


2015.01.26

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