君と僕の延長戦
突然、知らない女の子に名前を言われて戸惑う。彼女は見かけたことがない。しかし、別の町や他の地方で僕を知っている人もいるにはいるから、そういう子なのだろう。
「えっと……」
「お久し振りです」
どうやら知り合いらしい。全く身に覚えがないが、僕は彼女とどこかで会っているみたいだ。
「覚えていませんか?」
「いや、えっと……ごめんね……」
そう言うと、くすっと笑って首を横に振る。
「初めて会った時、私はこのくらいで、それ以来会っていなかったので無理もないと思います」
彼女は手で高さを示す。サラサラな髪と、楽しそうな笑み、一つ一つの所作がとても綺麗で丁寧なその姿には見覚えがあった。もう随分と長い間会っていなかったから、成長した彼女に気が付かなかったのだ。
「ナマエちゃん?」
「はい」
あの時はワンピースとか可愛らしい服を着ていたから、今のように動きやすそうな服装をしていると雰囲気が全然違う。
「また旅行でこっちに?」
「いえ、今は旅をしているんです。故郷のあるシンオウと、その後にホウエン、カントーと旅をして、今はジョウト地方を」
「そっか。パートナーと旅するの、夢だって言っていたし、叶ったんだね」
「はい!」
一緒にポケモンセンターまで歩いていると、ナマエちゃんはジムに挑戦しに来たと言った。どうやら彼女はジムを制覇しようとしているらしい。エンジュシティのジムに挑戦し、クリアしたらまた別の町に行くのだそうだ。
「ジム戦はいつ頃を予定しているんだい?」
「すぐにでもジム戦をしてもいいんですけど、とりあえず休憩してから、ジムリーダーの都合を聞いて決めようかと思っています」
「そっか」
「マツバさんは、いつ頃ならジム戦できますか?」
「そうだな……この後用事は特にないし……」
あれ? 僕、ジムリーダーになったって言ったっけ?
「ナマエちゃん、知ってたの?」
「だってマツバさん、有名ですから」
まあ、隠していたわけでもないんだけれど。
「じゃあ、この後ジム戦する?」
「マツバさんがよければ、お願いします!」
ポケモンセンターでポケモン達の回復をして、自分も少し休憩をしてからジムに向かうと言われた。僕は急いでジム戦の準備をしにジムに戻る。
数年振りに会った彼女は、成長していてとても大人っぽくなったと思う。まだ幼い頃の彼女しか知らない僕にとっては驚きの方が勝っていたが、落ち着いてみれば服装関係なく彼女は仕草や振る舞いがとても女の子らしい。
ジムリーダーとバトルをするには、まずジムにいるジムトレーナーと戦わなければならない。一つ一つのバトルの間にジムへの出入りは自由だ。一度ジムを出たからと言って、戦ったジムトレーナーともう一度バトルするなんてことはない。
ナマエちゃんは育てたポケモンと協力し、ジムトレーナーを倒していくとあっという間に僕の前へとやってきた。
「よく来たね」
お決まりの台詞を口にして、挨拶もそこそこにバトルを始めれば今までニコニコ笑っていたナマエちゃんの雰囲気が変わった。
ポケモンを出すと真っ直ぐ前を見て、その表情は真剣そのものだった。いいところのお嬢さん……なんて雰囲気を纏っていたはずの彼女は、今やただジムバッジを得る為に戦うトレーナーだ。
「くろいまなざし」
僕の行動、僕のポケモンの攻撃を見て、判断し、的確に指示を出す姿は、幼い彼女を知っている人間から見ればとても異様に見えるだろう。それとも、それは僕だけなのだろうか。ここには僕と彼女の二人と、僕と彼女のポケモンの二匹しかいない。僕以外に幼い彼女を知っている人間はいないのだ。
「ゴース、さいみんじゅつ!」
ナマエちゃんの、ポケモンバトルの集中力は凄まじいと思った。しかし、一度集中力が途切れると修復するのは困難だ。
眠らされたナマエちゃんのポケモンはボールに戻ることもできず、交代して出てきた僕のゴースト相手に体力を削られていく。集中力の切れた彼女は鋭い目から丸い目――いつもの目に戻っていって、最終的にジム戦は僕が勝った。
「マツバさんって、こんなに強かったんですね」
「弱いと思ってた?」
「そうじゃなくて……! ただ……とても優しいから……」
僕は別に、いつでも優しいわけじゃないんだけどな。やっぱりナマエちゃんはナマエちゃんだ。
「どうする? また挑戦する?」
「勿論! もうちょっとポケモン育てて、バトルの練習したら、もう一度バトルお願いします!」
あんなに真剣な表情を僕は初めて見たけれど、バトル自体はとても楽しそうにしていたから本当に好きなんだろう。
「今日は楽しかった?」
「はい!」
「僕も楽しいバトルが出来たよ」
そう言ったら、ほんのり頬を赤くして嬉しそうに笑った。それに一瞬、心臓がギュッと掴まれたような気がしたんだけれど、これは気のせいだろうか。
2014.08.20
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