優しいあなたに恋をする
人生何が起こるか分からない。
そう痛感して、私はとりあえず写真を確認しなかったあの時の自分に後悔した。
「趣味はポケモンバトルです……」
人生初めてのお見合い。話自体は前にもいくつかあったけれど、全て断ってきた。私はまだそんな歳じゃないし、まだまだ自由でいたいと思ったのだ。
けれど、この歳で言うのもあれだが好きな人がいるから、と言うのが一番の理由だった。
それでも母はお見合いの話を持ってくる。何度断っても持ってくるから、いい加減にしてほしいと伝えたところ、今回のお見合いは良い話だから会ってみるだけでいいと言われてしまったのだ。ダメだったら暫くお見合いの話を持ってこないと言う条件付きで。
私がダメだったにしても、相手がダメだったにしても、そんな条件まで出されて断りきれる程、私は親不孝者でもない。つい承諾してしまった。
どうせ断ることになるのだから、とお見合い写真を見なかった私は、会場に来て相手の顔を見てすぐにそれを後悔した。
未だかつてないくらい心臓が跳ね上がり、冷や汗を流す。化粧も落ちてしまうんじゃないかと焦ってしまう程。
相手は私の写真を見ていたのか、すぐに挨拶をしてきて戸惑った。
それから仕事なり、休日の過ごし方なり、趣味なんかの話をしていたわけだが、仲良くなれそうな雰囲気すら生まれない。まるで事務的な会話をしているような、世間話すらできない状況が続いていた。
それも、私が一人勝手に気まずさを感じているからなのだけど。
私の趣味はポケモンバトルで、休日はバトルするべくバトルサブウェイに通っている。決まった休みが無いから行く日にちはいつもバラバラなのだけれど、ノーマルトレインのシングルでは、あのサブウェイマスターにも勝てたから最近ではスーパートレインに乗っていた。
バトルは楽しい。ストレス発散にもなるし、大好きなポケモンと大好きなバトルが電車に乗るだけで出来るのだ。これ程私に向いている施設も無いと思った。
そして、そんなバトルサブウェイの長とも言える人物――サブウェイマスターがそこには存在していて、シングルトレイン担当のサブウェイマスターに私は憧れを抱いていた。
憧れであり目標であり、対戦相手である彼に、私は恋愛感情同然の思いを抱いてしまって、それに気付いて以来頑張っていたのだけれど……。
「わたくしもポケモンバトルが好きなのです。趣味が合いますね」
その彼が、まさかお見合い相手になるなんて思わなかった。
「そうですね……」
ノーマルトレインは、スーパートレイン以上に乗車するお客さんが多い。と言うのも、ノーマルトレインでサブウェイマスターに勝てなければスーパートレインへの乗車権利を得られないからだ。
だから、たった一度しか勝てていない……ましてやたった一度した戦ったことのない私のことなんて、覚えているはずもない。
彼――ノボリさんの態度は初対面といった感じで、仕事中でもそうだけれど丁寧な言葉遣いだった。初めましてから始まり、自己紹介をして、気になることを質問する。まさにお見合いだ。
覚えていないのは仕方ない。私が勝手に片思いをしていただけだし、スーパートレインになった途端、勝率が下がってしまったからスーパートレインでノボリさんに会ったことはない。辿り着けないのだ。
そんな私と、非常にモテるであろうノボリさんがお見合いするなんて、誰が予想できるだろうか。
「ナマエ様は普段、どんなポケモンをお使いになられるのですか?」
「パートナーのジャローダとか、あとギャロップとか。旅をしていた頃に手持ちとして一緒にいた子達中心に、ですかね」
写真を見ていれば、心の準備ができたのだろうか。お見合い自体を引き受けることもしなかったかもしれない。
バトルサブウェイではあんなに遠い存在なのに、今目の前にいて向かい合っているなんて信じられない。こっそり手の甲を抓ってみたら痛かったから夢ではないようだった。
「旅ですか。出身はイッシュのソウリュウシティだと伺っておりますが、他の地方にも?」
「はい。カントーとかホウエンとか」
「それは素敵ですね」
仕事の時より物腰柔らかと言うか、微笑を浮かべる回数が多い気がした。
「ノボリさんは、他の地方には行かないんですか?」
「そうですね……仕事で足を運ぶことはありますが、プライベートでは殆ど行きませんね。なかなか連休を取れないのもあります」
やっぱり忙しいんだなあ。
「ですが……いつか行ってみたいものです」
一人で? それとも家族と? 或いは、恋人と?
お見合いなんてしているのだから、恋人はいないんだろうけれど、素敵な女性はこの世に山ほどいるのに私とのお見合いを引き受けた理由が分からない。
「お勧めの場所などありますか?」
「ジョウトの紅葉はどこも綺麗ですよ。ジョウトとカントーを行き来できるリニアとかも」
あ、この話題はいいんだっけ。ダメだっけ。
「リニアはわたくしも興味があったところです。二つの地方を行き来できるのは便利ですからね」
「そうですよね」
ホッと胸を撫で下ろした。
きっと、このお見合いは成立しない。ノボリさんがどうしてお見合いをしているのかは分からないけれど、きっと私と似た事情なんだと思う。親や親戚や知り合いにお願いされたとか、そんな感じだろう。
気を遣って話題を振ってくれるけれど、私との会話は楽しくないと思う。
「是非、もっと教えてくださいまし。あなたが見た素晴らしい景色を」
「え……」
本当に、心底楽しそうに笑った。
他人の感情なんて他人なのだから私に分かるはずもないのだけれど、でも、ノボリさんのこの表情を見れば分かりたくなくても分かってしまう。
「ホウエンにも足を運んだと仰っていましたね。シンオウには行かれましたか?」
「はい。一応……」
「寒い地域だと聞きました。ずっと雪が降っているところもあるのだとか……」
キッサキシティのことだ。
「それと、ホウエンやシンオウではコンテストが盛んみたいですね。この辺はあまりコンテストの話は聞きませんが、ミュージカルとどのように違うのか、一度この目で見てみたいと思っていたのです」
そうか。他の地方に行っても仕事だから、コンテストを見に行く暇もないのか。
「ナマエ様はコテンストに参加されたことは?」
「一度もないんです。出てみようかと思ったことはあるんですけど、普通のバトルばかりやっていたのでなかなか慣れなくて……でも、見ている分には素敵でした」
「それはそれは。ナマエ様もきっと素晴らしい演技ができると思いますよ」
「そんな……でも、また機会があったら次は出てみようかと思います」
「その時はわたくしも是非拝見したいです」
結局、ポケモンに関しての話題で盛り上がってしまった。
連絡先を交換して、友達以上恋人未満のような関係が始まってしまうなんて、初めに顔を見た時は思いもしなかったと言うのに。今私の手の中のライブキャスターには、ノボリさんの連絡先が入っているなんて夢みたいだ。
そんな状態でバトルサブウェイに足を運ぶのは少々気まずいのだけれど、たまの休日のストレス発散だから、とやってきてしまった。
スーパートレインはやっぱり途中下車になってしまう。サブウェイマスターに辿り着くどころか、ノーマルトレインではできた14連勝すらできなくなっていた。やはりちゃんと育成していないのがいけないのだろうか。私の大事な旅のメンバーなのだけれど。
ふと見えたノーマルトレインへの入り口に、何度も自分に言い聞かせていたのだけれど、私はつい入ってしまった。
一度クリアしたノーマルトレインに再び乗るのは甘えだ、と思っていたのだけれど、20連勝して最後の車両に入ってみると思わず驚いた。
そこには、笑みを浮かべるノボリさんの姿があって、前に聞いた前口上とは違う言葉が耳に入ってきた。
「ようこそ、ナマエ様。折角足を運んでくださったのですから、バトルはしましょう。ですが、終わったらまた聞かせてくださいませんか?」
彼はどうやら、私の旅の話を随分と気に入ってしまったらしい。
でも、楽しそうに問うてくるノボリさんが、憧れていた彼と全く異なっていて、嫌いになるわけではないけれど、むしろ可愛いとすら思えてしまうくらいで、ドキドキと忙しなく動く心臓の音に気付かれないように、私は頷いてしまうのだ。
多分、きっと、これは恋そのもの。
優しいあなたに恋をする2014.01.28
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