愛しいが為に
幼い頃、私は誘拐されたことがある。
ガムテープで口を塞がれ、ロープで手足を縛られ、恐怖に体を震わせ、私は殺されてしまうんだ…と頭がいっぱいだった。
助けが来て、無事両親の元へと帰ることが出来た私は、私が誘拐されたといち早く気付いた幼馴染みにお菓子をご馳走した。
「今日はありがとうございました」
「ううん。だってノボリくんとクダリくんがいなかったら…」
考えただけで恐ろしかった。
「ナマエが無事で、よかったです」
「ありがとう!」
にっこり笑ったら、頬を少し赤くした彼は私の手を握って、私の頬に唇を押し当ててきた。
一瞬、何が起こったのか分からなくて、少しぼーっとしていたら、私は彼にキスをされたんだと気付く。
しかしその頃はもう、彼とその双子の弟は自分達の家に帰った後だったのだ。
◆◇◆◇◆◇◆
「久しぶりに誘拐される夢見たんだ」
「あの時の…でございますか…」
あの時から、ノボリは犯罪には…特に誘拐と言う単語には敏感になった。
私は大人になってもたまに誘拐された時の夢を見る。
「あの時さ…私がノボリ達にお菓子をご馳走した時、ノボリ…私のほっぺにチューしたよね」
そう言ったらノボリは持っていた書類をバサバサと落とした。
それを慌てて拾い上げるノボリの頬は、少し赤くなっている。
「ねえ、あの時は出来たのに、どうして今はできないの?」
「な…なにを…!」
「キスだよ、キス」
そう言ったらノボリは顔中真っ赤にさせた。
あの時と違って、今は私たち恋人同士なのに、付き合い始めてからキスどころか手を繋いだこともない。
「……ヘタレ」
「き、きき、キスなんてっ…まだ付き合って日も浅いと言うのに…!!」
まるで、そんなこと考えられない! とでも言いたげな表情をした。
「ノボリー、チュー」
「お、おやめください…! わたくしを誘惑しないでくださいまし…!!」
「ナマエのゆうわく! 相手のノボリに効果は抜群だ!」
ふざけてみたら、ノボリはやっぱり顔を真っ赤にして、こちらを直視できないでいた。
「こっち見てよ、ノボリ」
何だか寂しいよ。
恋人らしいことしたいし、もっともっと仲良くしたい。
でも、ノボリが私を見てくれないなら、今のままだって我慢できるよ。
「ナマエ…」
「本当はちゅーしたいけど、我慢するから…」
「すみません…わたくし、ナマエに触れてしまったら壊してしまいそうで…」
その細い腕や、柔らかそうな頬に触れるのを恐れてしまったのです。
けれどもそれらを独占したいという思いも芽生えて、ナマエに近付いてしまえば強引なことをしてしまいそうで。
あぁ、どうしてこうも、強欲になってしまうのでしょう。
「私はそんなに、脆くないよ」
相手から来ないのなら、私から行くまで。
そうっとノボリの手を握った。
手袋のせいで本当の手の感触は分からない。
けれどそれは確かに彼の手だった。
「ノボリに触れられても、少しくらい力を込められても、私は壊れない」
まるで子供に言い聞かせるように言うと、ノボリの顔は少しだけ落ち着き始めた。
「触れても…よろしいのですか…?」
「勿論」
「………」
あぁ、彼女にそう言われて、手を握られたら、ますます気持ちが溢れてきてしまう。
抑えきれなくなってしまうのです。
「ナマエ、愛しております…!!」
「うん、私も好きだよ」
ぎゅうぅぅぅ、と抱き締めたら、少しメキメキと音が鳴った気がした。
愛しいが為に(ノボリ…くるしっ…)
end
ノボリさんは力が強いといい。
と言うかサブマスは二人とも力強いといい。
ノボリさんは特に感情に走ると力加減が出来なさそう。
2011.11.19
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