MAR短編 | ナノ
雨に紛れ、花が舞う

※現パロ、学パロ注意


じんわりと熱がこもり、肌を焦がすような日差しを浴びていた夏休みが終わりを告げ、早起きをして朝食を口に運び制服を着て登校する。夏休み前と同じように。

夏休みが終わったからか、はたまたただの偶然か。まあ後者だろうけれど。ここ数日は気温が低くて空も曇っている。まるで夏休みが終わってほしくないと願う私達学生のようだ。全員がそう思っているわけではないのだろうが。しかし私は大多数の人間がそう思っているのと同じである。

気温が低いとは言え25度以上はある。制服もまだ夏服だ。少し肌寒いような気もするが、湿気の多い今日はどうせ動いたらすぐ暑くなるのだろう。

本日の天気は雨である。


家を出て傘を開く。お気に入りの傘だ。ちなみに三代目。

初代は学校で盗まれた。絶対に許さないことを誓って犯人を捜し出し、教室の窓際に追い詰めた。勿論突き落とすつもりなんてない。ただ、私のお気に入りの傘はどうしたのかと問うたら、女物だったし必要ないから捨てたと言われたので、カッとなって机を蹴り上げた。机は相手の足元まで転がった。彼との間には机3、4個分程度の距離があったが、案外素早く転がってくれたおかげで相手は驚いたらしい。腰が抜けてへなへなと座り込んだ。相手が弁償すると言うので学食の食券一ケ月分で手を打った。私はとても優しいと思う。

二代目は初代の色違いだ。これも気に入っていた。しかしまた盗まれても嫌だと思って、学校に持っていく時はチェーンも持っていくことにした。鎖と鍵をつけただけのものだ。学校の傘置き場に置いた後チェーンをかけて安心していたのだが、何度目かの雨の日に傘は盗まれた。犯人は私のことが気に食わない女子グループだった。わざわざ鎖を切断する為に工具を持ってきたと言うのだから、その行動力にはむしろ称賛を与えたい程である。まあ、絶対に許さないのだけれど。

傘置き場は下駄箱のすぐ近くにあるから、私の傘が無いことに気付いた時、くすくすと笑っていた女子グループを振り返り最近流行りという壁ドンとやらをした。ガタンッと大きな音を立てて下駄箱の靴がいくつか落ちてしまう。あ、これは壁ドンではなく下駄箱ドンだろうか。まあ今はそんなことどうでもいいか。私は相当怒りを露わにしていたらしく、女子グループは涙を浮かべて震えだした。何人か別の物も零れていたような気もするか気付かなかったことにする。傘の在り処を問いただしたら、焼却炉へ捨てたと言うのだから、どこの誰かも知らない下駄箱の板を叩いて割ってしまったのは仕方ないと思うの。

私は初代も、二代目も、今使っている三代目もお気に入りなのだ。お気に入りだったのだ。彼が私の為に買ってくれた傘だから。

少し長々と話しすぎてしまっただろうか。そんなわけで、私はいつもお気に入りの傘を持って雨の日は登校するが、その分不安な思いもあるわけで。三代目のお気に入りの傘が盗まれたらどうしようかと、今度はどうやって盗まれないようにしたらいいのだろうと雨の日には考える。考えていれば学校に着くのもあっという間で、校舎に入ると珍しく、今日は職員室ではなく廊下に出ていた先生に出会った。一気に気分がよくなる。

「おはようございます。先生」

「ああ、おはよう」

いつも家を出る時間はずらす。彼の方が先。私の方が後。だから毎日、平日は彼に二度もおはようと言えるのだ。

「傘は教室に持っていくなよ。濡れるからな」

「はい」

「あと、傘が盗まれたくらいで過剰に反応するな。机も下駄箱も、処理が大変なのはこちらなんだぞ」

「ごめんなさい」

でも、盗む方がいけないと思うの。それは間違っていないでしょう?

「分かったのならいい。さっさと教室へ行って授業の準備でもしていろ」

「はーい」

先生とは一年と少し前から半同棲のような関係である。理由は、私の親が突然の海外勤務になって、転校するのは面倒だし外国語で話さなければならないのも面倒だし、何よりこの学校に大好きな先生がいたから、私はここに残ると言ったのだ。そしたらせめて一人暮らし用の部屋は自分達が調べて住みやすい部屋を探すと言われて任せた結果、先生が住むマンションの隣に住むことになった。

まさか先生の隣人になるとは思わなかった私は、これはきっと神様がくれたチャンスなのだろうと思って、元々得意だった料理を持っていくうちに胃袋を掴んで今では合鍵もくれた。先生が帰ってくる前に私は料理を作って待っているのだ。

告白は私からした。先生もそれを受け入れた。体の関係も安易に触れることもキスでさえもしたことはないけれど、それは私が生徒で先生が教師だからだろう。仕方のないことだ。私とって、私しか知らない先生がいて、私が独占できることが嬉しくて、そんな先生に一番に見てもらえるのが幸せなのだから。


学校はいつも通りに終わった。先生以外の授業はつまらなくて、うとうと舟をこいでしまうのも仕方がない。半分くらい記憶がないから深い眠りについていたのかもしれないけれど。外は未だに雨が降っていて、傘置き場にある自分のお気に入りの傘が盗まれていないことを祈った。

教科書や筆箱を鞄に詰めて、足早に教室を出る。何人かがこちらに挨拶をしたからそれに適当に返事をして階段を下りた。あと少しで下駄箱というところで、職員室から出てきた先生に呼び止められる。今日はやけに顔を合わせる日だ。これは今日の夕飯は腕を振るわなければ。

「また寝ていたそうだな。成績も低下気味だと言うし、少しは起きて真面目に授業を受けたらどうだ」

「先生は、真面目な私の方がいい?」

「……ここは学校だぞ」

「先生として言ってくれてもいいよ」

下駄箱へ向かう生徒達。部活動へ行く者、そのまま帰る者、帰りがてら寄り道する者、きっと様々だろうけれど、先生の部屋に帰るのは私だけだ。

「教師としてなら、成績は上がった方がいいとは思う」

騒がしい廊下。狭くもなく、広くもない。廊下という言葉がぴったりの空間。ぞろぞろと足音を立てて甲高い女子の声や下品な男子の笑い声。そんな中でも、先生の声はすっと私の元へ届く。

「じゃあ、頑張ります」

私は先生が好きだ。教師としての先生も、部屋で見せるちょっと気の緩んだ、でも決して私に本当の自分を見せない先生も。料理は得意ではなくて朝はパンを焼くだけ、たまに目玉焼きを添える。昼は学食。夜はコンビニやスーパーの弁当や総菜で暮らしていた。生徒に厳しくて、好き好んで近寄る人はいないけれど、影で人気がある。授業は分かりやすくて、嫌いな教科だったけれど私は好きになれた。先生を、先生の担当教科ごと、全て、丸ごと、好きになった。

「だが、お前にも考えがあるのなら、とにかくまずは話してみろ」

「はい」

ほんの少し、私に甘いところも。大好き。

「先生、今日の夕飯、ビーフシチューなんですよ」

「そうか。うまそうだな」

「とびっきり美味しく作るんです」


他の生徒と同じように下駄箱で靴を履き替え、傘置き場から自分の傘を見つける。今日は盗まれてなかった。安堵してバッと開けば、私が雨に濡れることはない。

私は雨の日が好きだ。お気に入りの傘が盗まれるのは許せないけれど。あと制服が少し濡れてしまうのも面倒だけれど。雨の日は少し肌寒いから、そんな時は触れることを許してくれる。何より先生がいつもより早く帰ってきてくれるのだ。

皆が駅へ行く道や自分の家への帰路を辿る中、私はスーパーへ歩んでいく。今日は牛肉の特売日。それを買ったら家に帰って、先生の為にビーフシチューを作るのだ。


2015.08.26

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