MAR短編 | ナノ
好きでいてもいいですか

※司書教諭と生徒な学パロの続き


広い図書室の本は大体読んでしまった。街の図書館にも行くことはあるが、そこに先生はいないから。私はいつも用なんてないのに、読む本もないのに図書室へと足を運んでしまう。

先生にとっては迷惑なのかもしれない。本を探すふりをして、本当は先生を見ていたいからと気付かれてしまったら……軽蔑されてしまうかもしれない。

緊張か、或いは別の何か……か、心臓が聞いたこともないような音で動くから、その原因は何かと考えた末、私は先生のことが好きなのだと結論に至った。

愛想なんて全くなくて、会話なんて殆んどしなくて、貸出も返却も二言三言あれば良い方で、だけど時々ふっと笑う。先生といると安心して、先生と話すと嬉しくなって、先生と会えないと寂しくなってしまう。きっとそれは好きだと言う証なのだ。


「雨……?」

担任に提出物を渡してから図書室に寄ってみたものの、今日は先生がいなくて、帰ろうと思えば外は大粒の雨が降っていた。いつの間に降り始めたのだろう。そういえば今日は天気予報を見そびれた。普段は置き傘をしているのに、この間降った時に使ってそのまま自宅の玄関に置きっぱなしにしてしまったらしく、私は今傘を持っていない。

この雨の中、家に帰るのは難しい。走ったとしても校舎を出て10秒もしないうちにずぶ濡れになってしまいそう。時間もそこそこ遅いし、夕飯を作る為にも早く帰ってしまいたいのに。生憎今日は親も帰りが遅いと言っていたし、迎えに来てもらうこともできないから困ったものだ。

「なんだ、傘を持っていないのか?」

「ペタ先生……!」

「今日は天気予報で夕方頃から降ると言っていたと思うが」

「あ、見そびれちゃって……」

「そうか。少し待っていろ」

図書室で会えなかったから今日はもう会えないと思っていたのに、まさかこんなところで会えるなんて。傘を持ってこなかった情けない場面ではあるが、嬉しくなってしまう。

「私の傘だが使うといい。女子が好むようなものではないがな」

「い、いえ! 充分です! それに、私が使ってしまったら先生が……」

「職員室に余りものの傘がある。遠慮はするな。それに、私は体調管理もしっかりしているからな。それよりお前が風邪をひく方が問題だ」

強引に傘を渡されてしまった。男性用の大きい傘だ。コンビニで売っているようなビニール傘。

「ありがとうございます!」

「礼はいい。それよりそろそろ下校時間だ。雨のせいで外も暗いからな。早く帰った方がいい」

「はい。それじゃあ、さようなら」

「ああ。さようなら」

私が外に出ると、先生は少し見送ってくれた後、奥へと行ってしまった。むしろ少しでも見送ってくれたのが嬉しくて、顔が熱くなる。ひんやりした空気が心地よく思えてくる程に。

雨は元から嫌いではなかったが、こんな嬉しいことが起きてしまうと嫌いにはなれなくなってしまいそうだ。何より、先生の傘だから返す時に話す口実ができた。

「先生の、傘……?」

職員室に余りものの傘があると言っていたのに、どうして先生は自分の傘を貸してくれたのだろう。すぐ近くにあった? 教員用の下駄箱は生徒用の下駄箱とは少し違ったところにあるし、それなら職員室に行った方が早いはずだ。

どんなに考えても、先生の気持ちが分からない私に答えなんて分かるはずもなくて。その日はただ先生の傘をさして帰った。


翌日に傘を返す為、職員室ではなく図書室にやってきた。まだ生徒はいないのに、いつも早くから図書室は開いている。中を覗くと私に気付いた先生が声をかけてきた。

「どうかしたのか?」

「昨日借りた傘を返しにきたんですけど、職員室にいなかったので。昨日はありがとうございました。助かりました」

「急がなくてもよかったんだが、わざわざすまないな」

どうして先生の傘を貸してくれたの? 職員室に余りものの傘があるのに。どうして私が困っていることに気付いたの? 生徒はまだ残っていたのに。聞きたいことはあるけれど、聞いてはいけない。だって聞いてしまったら、自信過剰みたいだ。

「私、この本が好きなんです」

偶然目に入ったそれを手に取って差し出しながらそういうと、本を暫く見てから手に取ってくれた。興味を抱いてくれたのか、表紙を捲り、中を見る。

「ほう……なかなか面白そうだな」

「先生もまだ読んだことないんですか?」

「ああ。まだ読んでいない本だ」

そんな本が図書室にあるなんて。新しく入ったのだろうか。

「今度読んでみるとしよう」

きっと何の意味もなかったんだ。ただ、偶然見つけたから声をかけた。偶然傘を持っていなかったから貸してくれた。それが偶然先生の傘だっただけ。そう思わないと、もう先生と話すことができない気がした。

きっかけなんて些細なことだったのに、こんなに好きになるなんて思わなかった。こんなに好きなのに、その一部でさえ伝えられないことがこんなに辛いなんて思わなかった。誰かを好きになることは幸せなことだと、この本に書いてあったような気もするけれど、幸せなのにとても辛い。

「先生、今月のお勧めはありますか」

「そうだな。後ろから2番目の本棚の、下から2段目あたりにある」

「じゃあ後で、借りに来ますね」

辛いのに幸福感さえ感じてしまうから、私はきっとどうしようもなく先生が好きなんだろう。


2015.05.25

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