MAR短編 | ナノ
永久的に見てくれるように

「これは……炭?」

「何でわざわざ私が炭なんて作らなければいけないのよ」

「それなら一体何を作ったんだい?」

目の前に広がる黒い物体の数々。それらは熱を発しているのか湯気をたてて焦げたにおいを漂わせていた。

「料理よ」

「一体何の?」

「……料理よ」

彼女自身、食べられるものを作ったとは思っていないのだろう。そもそも、自分の料理の腕を一番よく知っているのは彼女だ。それなのにも関わらず、今回料理をしたのにはきっと何か理由がある。

「火をずっと見ていれば大丈夫だと思ったの。でも、火しか見ていなかったらいつの間にかこうなっていたわ」

料理が出来ない人はきっとこの世に大勢いるだろう。けれど、そんな“料理ができない人”の中でも彼女はとても特殊だと思う。

「ナマエ、君が料理をする必要はないと言ったよね? それは君が料理のできない人だからじゃない。君にはここで快適に過ごしてほしいからだ。それなのにどうして料理をしたんだい?」

「別に。気紛れよ」

気紛れで食材を無駄にされたらたまったもんじゃない。この黒い物体の数々の元となった食材は今頃きちんと調理を施され僕らの腹の中に入るはずだったんだ。

「ファントムには分からないのよ」

流石の僕も言ってくれなきゃ分かるものも分からないよ。

「でも、君は厨房に入るなと言ってあったのに入った。それにはちゃんとお仕置きをしなきゃいけないよね」

「制裁でも何でもするがいいわ。今の私はそんなことで苦痛を感じる軟な心を持っているわけではないもの」

一体何が彼女をそうさせるのか。何も話してくれないから僕には全くもって分からないけれど、彼女にとっては大事なことなのだろう。

「ファントムには分からないわよ」

そう言った彼女はテーブルの上に並べた黒い物体達を回収し、部屋から出て行った。その後ろ姿はどこか寂しく、ちゃんとした料理を作ることができなかったのが相当悔しいらしい。

僕には、する必要のないことをわざわざするなんて馬鹿なことだと思えるんだけど。


「ハンバーグ、オムライス、グラタン、魚のムニエル、野菜スープ、サラダ、野菜炒め、炒飯、魚の煮付け、魚のフライ……だったそうですよ」

「僕には全て同じものに見えていたんだけど、ペタにはそれぞれが別のものに見えていたのかい?」

「いいえ。本人がそれらを作ると言っていました」

「君には話していたのか」

僕には話せなくて、ペタには話せるのか。

「私がどうしても厨房に立つなら、せめて厨房を破壊することだけはしないでくれと言いに行ったら言われたのです。どうすればそれらが作れるのか、と」

「そんなの、僕に聞いてくれればいくらでも調べてあげるのに」

「ファントムに言っては意味がないからでは?」

「どうして?」

ペタは口を閉じて黙ってしまう。まるで、そんなことも分からないのかと言っているようだった。いつから彼はそんなに偉そうになったのか、問い詰めたい気持ちになったけれど少し考えてから口を開いたからやめておこう。

「ファントムに食べてもらいたかったのでしょう。それなのに作り方をファントムに聞きますか」

いや、そんなまさか。僕は彼女のことが好きだけれど、彼女が僕のことを好きだなんて一言も言ったことなんてないし、何より彼女は僕に対して嫌悪感しか抱いていないはずだ。それなのに僕に料理を食べてもらいたいなんて、そんな馬鹿な話があるか。

「ペタ、君はもっと人のことを見ている奴だと思っていたんだけどな」

「私は充分人のことを見ているつもりですよ。それを踏まえて言っているのです。それとも……ファントムはそんなことにも気が付かなかったのですか」

普段こき使っているからかな。その仕返しと言わんばかりに刺々しい言葉が降り注ぐ。

例えば彼女が僕の為に苦手な料理をしてくれたのだとして、それを僕に食べてもらいたかったのだとして、その理由が僕にはよく分からないけれど。それならそうと言ってくれれば、君が作ったものなら炭だろうが何だろうが食べてあげるのに。つくづく彼女は素直じゃない。


「普通の料理もお菓子も作れない私は女でいる資格などないのよ」

「変な拗ね方をするね。君が女であることはここにいる僕も、そして君も理解していることだし、そんなことに資格なんていらないことも理解しているはずだよ」

以前、彼女に問うたことがある。どうして君はそれ程までに料理ができないのかと。本人曰く、親からの遺伝だと言っていたが、それなら彼女の親はどれ程料理が出来なかったのか、それなのにどうやってここまで彼女を育てたのか、次々と疑問が浮かんでくるものだ。

彼女の母親は彼女と同じように……むしろそれ以上に料理が出来なかった。そんな親に育てられ、そんな親の血を受け継いでいて、彼女が料理なんて出来るはずもない。聞いてみれば彼女の母親は女性が壊滅的に料理が出来なくなる血筋だとか言われたらしいが、本当かどうかも怪しいところだ。

しかし、それにしたって、調理器具の使い方は勿論、食材に塩で味付けすることすらまともにできないのだから彼女は特殊すぎる。

「言っておくけど、クイーンだって作れるか怪しいんだから君が作れなくたって女である資格が無いことはないんだ。そもそも、そんなことに資格なんて必要ないんだから」

そう言う僕を、彼女はその綺麗な両目で見つめる。あまり感情の色を見せる目ではないけれど、今は少し嬉しそうだ。

どれ程料理が下手だろうと、どれ程不器用だろうと、僕にとっては君がナマエである以上大切なことに変わりはないんだ。君の色んな表情を見たいと思うし、君の色んな感情を見たいと思う。無理することはない。自然体でいい。君が表情を――感情を見せてくれると言うなら何だってしてあげる。

だから、君がそんな顔を見せてくれるなら、僕は炭だろうが何だろうが何でも食べてあげるよ。


トムの日小説(遅刻ですが)
2014.10.07

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