真夏の幻影
※若干のホラー要素注意
「ペタ、君はちょっと休んだ方がいいと思うよ」
「は……?」
それを言われたのが数日前のこと。そして今、疲労の上に暑さが重なり動けないでいる。非常に情けない状態だ。
「ほら、僕の言った通りだ」
「しかし、仕事は出来ます」
「そんな状態で仕事なんて出来るはずないし、任せられるはずないでしょ。それは君が一番よく分かっていると思うんだけど?」
言い返す言葉もない。体調管理を怠っていた自分の責任だ。仕事は回復次第取り掛かる他ない。私以外にやる人間などこのチェスの兵隊にいないのだから。
「それじゃあゆっくり休んでね。一応他の人に仕事できるか聞いてみるけど、期待はしない方がいいと思うよ」
「分かっております」
「うん」
ファントムに迷惑をかけてしまった。本当に情けない。
「本当に情けない」
「……誰だ」
「チェスなんて結構な人数いるんだから、あなたが把握してなくてもおかしくないでしょう?」
「名を名乗れと言ったのだが、聞こえなかったか?」
体調の悪い時に変な奴を相手にしたくはないのだが、こいつは空気を読めないのだろうか。
「ナマエよ。よろしくね、作戦参謀さん」
自分は知らないのに相手には知られていると言うのは、気分のいいものではないな。
「何か用か? 悪いが、見ての通り私はこの様だ。用件があるなら伝えるだけ伝えてさっさと消えろ」
「酷いなあ。折角人が看病してやろうって思って来たのに。寝てていいよ。大丈夫。寝てる間に何かする程私は落ちぶれていないから」
何が大丈夫なのか。その発言自体、不安に煽られるのだが。
しかし、寝なければ回復しないのも事実だ。早く仕事に取り掛かるには早く回復しなければならない。こんな変な奴に構っている暇などないのだ。
「作戦参謀さんも、病気には敵わないわね」
酷いくらいに白い肌をした女だ。そういえば、話しかけられるまで気配も魔力も感じなかったが、一体何者だ?
「ほら、寝なさいよ。治るモノも治らないわよ」
「うるさい。お前が出て行ったら寝る」
「ふーん」
そう呟いても、女は出ていく素ぶりを見せなかった。暫く部屋中をウロウロしたり、時々私の顔を覗き込んだり、私の上に乗っかっていたり、本を手に取って読んでいたり、意味の分からない行動をするといつの間にか消えていたり、またそこにいたり。本当にわけが分からない。
「これでは眠れないだろ」
「折角さっきまで消えていたのにー」
「その後すぐにまた入ってきただろう」
「参謀さんは寝る気ないの?」
「お前が出て行って二度とここに来ないのであれば寝る」
「病気の時は誰かに傍にいてほしいって思うものじゃない? ほら、少し弱気になるって言うか」
「私がそうなるように見えるのか?」
「見えない」
そう言うとクスクスおかしそうに笑って、くるくるとその場で回りだす。また突飛なことを。
「弱気にならないのは強いからじゃないのよ」
「突然何を……」
「あなたはきっと、呆気無く人生を終えてしまいそう」
「喧嘩を売っているのか?」
「そうならないように祈っているわ」
「人の話を聞け」
「それじゃあもう時間だから、バイバイ」
女が部屋を出て行った後、宣言通り私は眠った。思ったより眠っていたのか、起きた時には日は暮れていて少し涼しい風が入り込んでくる。窓を開けっ放しにしていたらしい。
「やあ、ペタ。具合はどうだい?」
「ええ。大分よくなりました」
「確かに顔色もいいね。よかったよ」
「ファントム、もしかしてあなたが寄越したんですか?」
「え? 何を?」
「変な女です。やけに青白い肌をしていて、突飛な行動ばかりしている女です」
ファントムは首を傾げる。
「僕は誰もここに近付かないようにしていたよ。勝手に入るかもしれないからARMで扉を封じていたし、ペタが寝ている間に様子を見に来たけど誰か来た気配もなかった」
「しかし、あの女は何度もこの部屋を扉から出入りして……」
扉が開く音なんて一度もしなかった。思えば気配も感じなかったし、魔力も感じなかった。足音一つ聞こえず、私の上に乗った時も重さなど感じなかった。
「夢でも見ていたんじゃないのかい?」
「いえ、そんなはずは……」
「ああ、でもおかしいな。ちゃんと棚に入れておいたはずの本が出しっぱなしだったんだよね。君かい?」
「いいえ。私は本など読んでおりません」
思わずゾクッっとする。あれが夢でないとするなら、もしかしたら――
「君は一体、何を見たんだい?」
もしかしたら、この世に存在しないモノだったのかもしれない。
2014.07.17
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