MAR短編 | ナノ
あなたを好きになりそうです

※司書教諭と生徒な学パロ


「返却か。読むのが早いな」

「そうですか」

笑わない先生。そんな人はいないのだと思っていた。嘘でも本当でも、彼らは笑う生き物なのだと思っていたから。笑うことで相手の心を開き、笑うことで自分を守るのだ。

それなのに、笑わない先生に初めて出会ったのは、私がこの学校に入学してすぐのこと。

掲示板に貼られている、お勧めの本という貼り紙が目について読んでみた。読んだことのある本が一つあり、それを高く評価していたことに気になって図書室に行ってみようと思ったのだ。

元より本が好きだった。図書室を利用する生徒の数は多いにせよ、そこは静かにすることがルールだから私は図書室が好きだった。昼休みに、誰にも邪魔されず本を物色するのはとても楽しい。初めのページを軽く読んで借りるか決めるのも楽しい。表情豊かな文字が紙の上で踊っているようで、だから私は図書室が、本が好き。

気になった本を一冊借りることにした。カウンターまで持っていけば、目つきの悪い男がそこにいて、私を一瞥すると貸出かと問うたのだ。それに頷けば必要な用紙と貸出カードを取り出してペンと共に渡してくる。学年とクラスと名前の欄があり、それに記入すれば何も言わずに確認をして貸出のスタンプを押した。

やけに無愛想な人だった。口数が少なくて笑わない。変な人だと私は思った。

何度か本の貸出と返却でカウンターを利用していると、いつもその男がカウンターにいた。いない時もあったけど、大抵は本の整理をしている時だ。カウンターに人が来るとすぐに戻ってきた。

ある日、貸出希望の本を見ると一瞬驚いたような表情をした。それが不思議で、思わず声をかけると、読んだことのある本だと言った。あまり目立たないところにある、貸出カードの名前も殆ど記入されていない本。誰にも気付かれない、読まれない本。それを手に取ったのはタイトルから興味を抱いたからだったけれど、この人が読んだ本ならきっと面白いのだろうと思った。

男は司書教諭だった。担当は二年生で、私が見たことないのも仕方ない。私は彼を、この図書室でしか見たことがないから、一体何者なのだろうと不思議に思っていたのだ。

そもそも、図書室の貸出や返却は図書委員である生徒が担当するのではないのだろうか。そう思っていたが、図書委員らしき人々は広すぎる図書室の本の整理を主に担当していた。つまり、カウンターまで手が回らない、と言うことだ。利用する生徒が多いことから仕方のないことなのかもしれない。でも、それなら図書委員の数を増やせばいいのではないだろうか。

そうは思ったものの、決して口には出さない。私はまるで、この人と話す機会が減ってしまいそうで、それが嫌だと思っているみたいだ。いや、実際にそうなのかもしれない。

「先生」

「なんだ?」

思い切って話しかけてみる。今月のお勧めの本は全て読んでしまったし、自分で探すのも好きだけれど、人のお勧めも気になるところ。

「先生のお勧めって何ですか」

「今月のお勧めの本という貼り紙が掲示板にある」

ああ、なんて無愛想な人。

「全て読み終えてしまったんです。それに私は、先生のお勧めが知りたい」

そう言う私を、不思議そうに見るとガサゴソと引き出しを探った。どうやら私の貸出記録を見ているらしい。

「確かに。一ヶ月でよくこれだけ読んだものだな」

「本は好きなので」

「それなら、この本と同じ棚にある一番上の段を見てみるといい」

思ったよりすんなりとお勧めの本を教えてもらえた。それに驚いて、一瞬固まってしまう。すぐに我に返り、先生が示した本を確認して棚の方を見た。

「それは、お勧めの本に書かれていたものと同系統の本ですか?」

「いや、あれは生徒が読みやすいものを選んでいる。あれに関わらず色んな本を読んでいるようだから、あれも読めるだろうと思っただけだ。読めそうでなければ別の本を探せばいい」

何だか、まるで彼がお勧めの本の貼り紙を作っているような口ぶりだ。まあ、司書教諭らしいし内容を知っているのは当然だろうけど。

「じゃあ見てきます」

棚に移動して、一番上の本を手に取って、初めのページを軽く読んでみる。いつもはすぐに切り上げて本を借りるのに、思わずページを捲ってしまった。三回ほどページを捲って我に返って思う。これは好みの本だ、と。

もし、私と彼の好みが同じだとして、それに気付いていたとしたら嬉しいし、気付いていなくても私が自分でそう思い込めば嬉しくなった。

私はその本を借りて図書室を出た。本を読むのが楽しみで、早く家に帰りたいと心底思ってしまう程だった。


数日後の月の初め、掲示板には新たなお勧めの本の貼り紙があった。そういえば、初めて見た時に全ての本のタイトルを確認してしまったから気付かなかったけれど、最後に小さくこれを書いた人の名前があった。

「ペタ……」

それが、これを書いた人の名前。学年やクラスは書いていなかった。でも、これを書いたのなら図書委員の誰かだろう。今月も面白そうなタイトルが多いし、既に読んだ本もある。一度この人と話してみたい。図書室に行けば会えるだろうか。

「相変わらず読むのが早いな」

「面白かったので」

この間借りた本を返す。面白くてすぐに読んでしまった。

他にもお勧めの本は無いのだろうか。それより、まずは掲示板に貼られていたタイトルの本を制覇した方が彼は教えてくれるだろうか。或いは、今以上に言葉を交わすようになれば――そんな思いが生まれても、私は結局何もしないのだ。そういう性格をしている。酷くちっぽけな臆病者。

「あの」

でも、思い切ってみる。この間は出来たのだ。今日出来ないはずがない。

「あの貼り紙を書いている人はどこにいるんですか?」

そう言うと、きょとんとした顔でこちらを見た。何か変なことを言ってしまっただろうか。

「ここにいる」

「いや、だから、それが誰かって……え?」

ドクンッと今まで聞いたこともないような音で胸が高鳴った。

思わず目を疑う。今まで、あまり注目してこなかった部分――彼の名札を改めてみれば、「ペタ」と見覚えのある名前が書かれていた。

「ペタ……先生?」

「ああ」

途端に顔が熱くなる。そりゃあ、きょとんとした表情もするだろう。貼り紙を書いた人は目の前にいて、いつも短い挨拶のような会話を交わす人だったのだから。なんてことだ。私は馬鹿か。

ああ、でも、心の奥では嬉しく思う。だって、彼と自分は本の好みが同じなのだ。読みやすいとか、分かりやすいとか、そういうのもあるのだろうけれど、何より本人が好きじゃない本をお勧めにしたりはしないだろう。少なくとも私はそうだ。

「お、お勧めの本を教えてください」

思わず言った。恥ずかしい気持ちと、嬉しい気持ちがばれないように。

「そうだな。お前が貼り紙の本を全て読み終えたら、教えてやろう」

酷く無愛想で、口数も少ない。一部の生徒は怖いとすら言っていた先生。そんな、笑わない先生が少しだけ笑った気がした。


2014.04.02

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