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※ロキ夢(FT)

『月が星になった日』


周りにいる仲間達は力が抜けていくと言っていた。身体的では無く魔力の方らしく、アビリティもホルダーも全て等しく魔力が消えていった。私の中にある風を操る力も失われていく。その感覚は鮮明で、ああ与えられた自由は終わったのだと――これからは自分で選択した自由を手に入れるのだと思っていた。

「……どうして」

体が何かに吸い込まれていくような感覚がしたと思ったら、一瞬にして視界に移る景色は変わる。多分一度瞬きしただけだった。最後に見たのは青い空だった気がするが、ここは濃紺に包まれている。煌めくものはまるで星のようで、脳裏に浮かぶ恋人にまさかね、と否定したかった。

「いらっしゃい、リディア」
「……後ろにいたの」
「ああ。本当は君が振り向くまで声をかけるか迷っていたんだけれど、君って人はなかなかこちらを向かないから。しびれを切らしちゃったよ」

にこやかに笑うのは恋人。ああ、人と言うのは当てはまらないのかもしれない。彼は人間ではないから。

確かに人間界では魔法が失われ、私も自分の力を失った。ギルドの仲間であるルーシィは星霊魔導士であったが、彼女も力を失ったはずだ。人々が持つ魔力と言う魔力は全て。けれど、そもそも魔力があってもこちらから行けるはずのないここへきていると言うのは、最早自分の身に何か起きたとしか考えられない。ああ、瞬きする直前、私は何をしていたんだっけ。

「お腹、ちょっと痛い」
「だろうね。だって君は人間界で腹部に大きな傷を負って、それでも仲間の元へ行こうと無理をした。多量出血で生命力は低下し、唯一の命綱だった魔力は失われた。あの世界で君は――死んだんだ」

ああ、そうか。腑に落ちる。じゃあここは天国か地獄ってところかしら? あれ、でもどうしてここに恋人の姿をした何者かがいるのだろう?

「ごめんね。僕が少し軽率だったんだ。でも、君を死なせずにここへ連れてこられたのはよかった」
「全く意味が分からないのだけれど」
「そうだね。ちゃんと説明しよう。その前に――」

首を傾げる。スーツのポケットから取り出した箱は小さくて、けれど察しの悪い私はそれをただまじまじと見つめた。綺麗にラッピングしていないからプレゼントではないのだろう。箱自体は綺麗でお洒落だけれど。つるつるしたような白地に金色の文字とライン。シンプルながらに大人から好まれそうなデザインだ。その箱を開けて更に取り出したのは角が丸くて少し重厚感のある箱。

「僕と、結婚してください」

瞬きを数回。今度は景色が変わることはない。目の前には膝を折って箱を開けてそれをこちらに向けるロキがいる。中には指輪が二つ。ここまで見せられて――そもそも本人が口にしていて、理解出来ない私でも無い。

「はい」

そして躊躇いも無く口にした。返事なんてとっくの昔に決まっている。まあ、この返答を言う日が来るのかは分からなかったけれど。目の前のロキは少し驚いた様子で固まった。断るとでも思っていたのだろうか。

「えっと……どういう意味か分かってる……?」
「もちろん」
「いいの……?」
「うん」
「だって! 僕だよ?」
「ロキがいいの」

そう言うとロキは嬉しそうに、けれど少し緊張しながら私の手を取って指輪をはめた。いつの間にサイズを測ったのだろう。それはピッタリ私の左手薬指にはまった。意外なことにシンプルなデザインのそれにはロキの――否、獅子宮のマークが小さく刻まれている。思わず笑ってしまった。

「なんかおかしかった?」
「いや……可愛い指輪だと思って」
「そう? でも、気に入ってもらえたみたいで良かったよ」
「私もロキにはめていい?」
「勿論」

ロキの武骨な手を取る。触れると安心するこの手が私は好きだ。私の手より一回りくらい大きい。そっと指輪をはめるとこちらには三日月のマークが刻まれていた。思わず顔を上げてロキを見る。

「リディアを僕のものにしたかったんだ。同時に、僕はリディアのものになりたかった」
「……そんなの、」
「子供みたいだろう?」

困ったように眉尻を下げて笑うから、この人以外に感じることのない愛しさが溢れる。指を絡めるように手を握れば相手もぎゅっと握ってきた。嬉しい。うれしい。

「僕を受け入れてくれてありがとう。君を大切にする。幸せにしたいんだ。けれど、もしかしたら不幸になってしまうかもしれない。そんな時でも、僕と一緒にいてほしい」
「……はい」

感極まるってこういうことを言うのかな。


「それで、結局私は死んだけど死んでいないってどういうこと?」
「そうだった。その説明がまだだったね」

少し言い難そうにしているかと思えばわざとらしい咳払いをして漸く意を決したように口を開いた。

「その、僕と何度も体を重ねただろう?」
「そうだね」
「それで、リディアの体は人間でありながら限りなくこちらに近い……つまり星霊寄りになっているんだ」
「……ん?」
「星霊と交わることによって星霊の力を体内に取り込んで、星霊に近付いているんだよ」

人ならざる者と体を重ね続けた結果、と言うことだろうか。まさか自分が人ではない者になるとは思わなかった。自分の感覚ではまだ人間のつもりなんだけれど。

「その証拠に、星霊界の服を着なくてもリディアはここで生きていけている」
「……ああ、そういえばそうだ」
「人間界で生命の危機に瀕した君を僕が自分の力を使ってここへ連れてきた。あの世界で君は息絶えたが、ここへ来て僕の魔力と星霊界では傷が癒える星霊の特性により君は生き長らえたんだよ」

――ちなみに腹部の傷は僕の力で一時的に塞いだ。ここから徐々に回復していくよ――なんて付け足すと不安そうな顔をした。怒るとでも思っているのだろうか。確かに私は死にたくないとは思っていなかった。魔力が無いと言うことは、もう二度と彼と会うことはないと言うことだから。それなら死んでしまっても同じだろうと瞬きと同時に目を閉じてしまおうとした。

でも、再び目を開ければどうだろう。目の前にいるのは好きな人で、ここで私は生きていける。彼の前で死んでしまいたいなんて思わなかった。生きていることにホッとした。

「ありがとう」
「……怒らない?」
「どうして? 私はこうしてロキと一緒にいられる。感謝はしても恨みはしないよ」
「だって、リディアを人でなくしたのは僕だから」
「そもそも、人間以外と交わって何もないなんて思っていなかったよ。魔力の質は似ているようで違うんだし。分かっていて止めなかったのは私の方」
「分かってた……?」
「うん」

頷くと深い溜息を吐いた。幸せが逃げてしまいそう。

「その結果がこれだって言うんなら、それもまた運命だったのかもしれないね」
「運命論者じゃないくせに」
「ロキもでしょう?」
「僕は運命だって思ってるよ。君と出会えたことも、ルーシィと出会ったことも、君とこれからも過ごせることも」
「でも信じていないくせに」

色々と疑問に思うことはある。私は星霊になるのか、とか。月が星になっていいのか、とか。まあ、別に正真正銘の月ではないからいいんだろうけれど。それに、人間界での私の扱いはどうなるのか、とか。魔力を失った人間界にロキが行くことは出来ない。ルーシィと話すことも出来ない。閉じられた扉はもう二度と開かない。

「ちょっと寂しいかもしれない」
「やっぱり?」
「でも、寂しさを忘れる程に幸せにしてくれるんでしょう?」
「勿論」
「じゃあ、幸せを逃がしてはダメね」
「ん?」

唇を重ねてピッタリ十秒。離れると何が起こったのか理解しきれていない彼の顔。

「溜息を吐いた分だけ逃がさないようにしなきゃ」
「おどろいた……」
「いつもキスくらいしているでしょう?」
「僕からするつもりだったのに」
「そう。それなら別にいいじゃない」
「いつだって君は僕の先を越してしまうね」
「偶然だよ」

グイッと腰を引き寄せられて顎を持ち上げられた。形勢逆転されてしまった。とりあえず腕を彼の背中に回しておく。

「リディア、愛してるよ」
「私も、愛してる」

誓いのキスなんてきっと生易しいものじゃない。多分お互いを縛り付けるって分かっていてしている。けれど心地良さを感じるのは毒されているからか、或いは元々そう言う性質を持っているのか。まあそんなもの、考えたところで意味を成さないのだろうけれど。

「はあっ……吐息さえ混じり合ってしまえばいいのに」
「いつか君が言った言葉だ」
「互いが分からなくなるくらい、ドロドロに溶け合えばきっと混ざり合うのに」
「……いつか僕が言った言葉」

「じゃあ今度こそ、」
「一つになろうか」


2017.06.02
サイト更新休止しましたが、これはちょっと載せておきたかったと供述しており……。


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