監督が一人の選手に固執するのはいけないこと。
それは自分が一番わかってる。
それがどれだけ自分の首を絞めることになるのか、ましてや選手を苦しめるのか。
わかってる。いや、わかっているつもりだったのかもしれない。
夜のグラウンド。静まり返った闇の中でボールを蹴る音だけが耳に届いた。
思えば最初に出会ったときから惹かれていたのかもしれない。
オドオドして頼りないかったのに試合中に見せた力強いプレーに一気に魅せられた。それからというものいつも何気なく目で追っていた。
グラウンドへ行けば子供みたいに楽しそうな顔でボールを蹴る椿がいた。その顔を見ればこいつがどれだけフットボールが好きなのか一目瞭然だ。この想いを伝えればその顔が曇ることなんか容易に想像できる。
「うわっ、監督?!」
見つめていた俺に気づいた椿が焦ったみたいに振り返る。きっと怒られると思ってんだろうな。
「ご、ごめんなさいっ、俺っ……」
泣きそうな顔、そんな顔すんなよ…俺はお前にそんな顔させたいんじゃない。
「そんな泣きそうな顔すんなよ、別に怒ってないから。」
頭に手をおいてそのまま髪を掻き回す。いきなり触られてビビったみたいに萎縮したかと思えば恥ずかしそうに笑った椿を見て、やっぱしこいつには笑顔が似合うな…、なんて思った。
「いいよ、お前はそのまんまで。」
不思議そうな顔をする椿の髪を更に掻き回す。笑っていてもらいたい、なんて年甲斐もなくなんとも単純な願いだと思う。それでもこれが今の俺にできる精一杯の愛し方だと思うから。
(愛してる、なんて伝えないから)
(せめて触れることだけは許して)