ひとつの影がETUクラブハウス前に立っていた。その名を椿大介という。男っぽい名前だが彼女はれっきとした女である。
「変わってないなぁ……。」
昔となんら変わらない景色に安心して椿は笑う。辺りを見回しながら歩みを進めればグラウンド近くの林に辿り着いた。
「ここ……くすっ、懐かしいなあ…。」
この場所で出会った一人の男性を思い出す。
その日は母の親戚である人の家に遊びに来ており、その家にいた年頃の近い女の子に腕を引かれて女の子のお父さんが会長を務めるETUクラブハウスへと遊びに来ていた。しかしクラブハウスへと着いたとたん女の子はどこかに姿を消してしまい、どこへ行ったらいいのかわからずフラフラしていた椿はグラウンド近くの林へと迷い込んでしまったのだ。
初めての場所で不安に押し潰されそうだったが、耳を澄ませば風に乗ってボールを蹴る音や選手の声が聞こえた。それだけではなく、林の中にいる鳥の声や吹き抜ける風の音も。なんだか心が落ち着いてきた椿は歌を歌いだした。
歌うことに夢中になって寂しさを忘れていたとき男性はやってきたのだ。
「っと、いけない!いけない!今日は仕事に来たんだからっ!」
懐かしい場所に来て思い出に浸っていた椿だったが本来の目的を思い出して歩き出す。
「えっとグラウンドはたしか……、」
その足取りに迷いはない。これから出会うであろう監督や選手達を思い浮かべて口元には笑みが浮かぶ。
グラウンドへと向かう足はいつの間にか駆け足に変わっていた。
(懐かしい場所と思い出)
(あれはきっと初恋でした)