卒業





“卒業”

たった二文字なのにその言葉は俺にとっては重すぎて意識するのが辛かった。だから気付かないフリして耳を塞いだ。「さよなら」を口にする先輩に「ありがとう」を言う後輩。口々にお礼の言葉や祝いの言葉を言う仲間たちを見て「何も言えない自分は何なんだろう」と思った。不意に自分はこの場所にいてはいけないんじゃないかと思いそっとその場を後にした。

きっとあの先輩たちはいなくなった俺なんかに構わないで泣きじゃくるアイツに手を焼くはずだ。それでいいと思う。このままさよなら…、そう思った時に「光!」なんて嫌ってほど聞きなれた声。

「探したで!」
「…何してるんスか謙也さん。」
「何って光を追いかけてきたに決まってるやんか!」

何を言っているのか理解ができない。だってただでさえ誰にでもやさしくて後輩にも人気があるこの人に言いたいことがあって声をかけてくる人はたくさんいたはずだ。それなのに俺を追いかけてきたっていうのか、お人よしにもほどがある。

「…俺のことはいいんではよ戻ってください。」
「なんや最後まで可愛くないやっちゃなあ、おめでとうぐらい言ってくれてもいいやろ!」

無視して歩き出そうとしていた足が止まる。おめでとうなんて言えるわけがない、ちっとも思っていないのだから。そんなこちらの気持ちなんてお構いなしに話を続ける謙也さんを恨めしく思った。

「ほら、最後くらい笑ってみ!」
「ちょ、なにをっ…」
「ほれほれ〜!」
「離せっつってんでしょっ!」

無理矢理にでも笑わせようと頬にのばされた手を思わず振り払った。あ然とする謙也を見てしまったと思い急いでその場から立ち去ろうと走り出す。後ろから戸惑ったように名前を呼ばれたが今の光には振り返る余裕などなかった。

「はぁ…はぁ…っ」

乱れた呼吸を落ち着かせるように深呼吸をしてみる。けど苦しいのは走ったせいではないと自分でもわかっていた。
本当は最初から気づいていたのだ。「さよなら」を伝えられても返せない理由を、「ありがとう」を伝えられない理由を。どうしようもなく嫌なのだ。今まで一緒にいた人たちが急に居なくなってしまうのが。明日からどこを探したって誰ひとりとしていないのだ。その事実がどうしようもなく寂しくて泣きそうなほど苦しい、言葉さえ出なくなるほどに。「おめでとう」なんて嘘でも言えるわけがない。

「こんなはずやなかったのに…。」

今にも崩れそうな足で必死に立つ。きっとあの足の速い先輩はいきなり取り乱した俺を心配して追ってくるだろう。こんなところを見せるわけにはいかない。こんな泣きそうな弱い自分を見せてやさしいあの人を困らせるわけにはいかない。
どうか追ってこないで、なんて願いは叶わない。



どこまでもお節介でやさしい人。
そんな謙也にどうしようもなく惹かれたのは自分だ。



(さて、どうやって誤魔化そうか。)

自傷気味に笑いながら近づいてくる足音に耳を澄ませる。



素直に祝ってあげられなくてごめんなさい。
感謝の言葉を言ってあげられなくてごめんなさい。
逃げてしまってごめんなさい。何も伝えられない弱い俺でごめんなさい。



(いかないで、)(なんて)
(すがってしまうのが)
(こわいんです)












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