***
「次、あそこにいる楽しげなカップルいってみよう!!」
「大丈夫か、こんな地上ちょろちょろして?」
「平気やって!!何のための人間バージョンやと思ってるんや!!」
蔵ノ介は先ほどの格好とは違い、人間らしい格好をしていた。頭に角、それから背中に翼がはえていることもなくどこからどうみても普通の人間だった。
「それに正体がバレるも何もそれ以前の問題やろ。見てみろや、この田舎っぷり。人なんか殆ど歩いてへんで。」
「いや、だからそういう話やなくてな…。」
「ったく昼間からいちゃつきやがって目障りやな…どうやってブチ壊してやろうか…フッフッフ…。」
蔵ノ介は小石川の話をまるで聞いていなかった。蔵ノ介の目は前方を歩いているカップルに釘付けだった。そして頭の中もどうやってブチ壊してやろうかとそれしか考えていない。
「なあ、蔵ノ介。お前はずっと空から人間を見てただけやろ。今日来たばっかりでいきなり地上目線はどうかと思うでー。」
「………。」
「どうせ明日からいつも通りにやるんやろ?もう少し人間を知ってからでも……」
小石川が蔵ノ介を説得していると、先ほどのカップルから遮るように声があがる。
「えーーーーっ、出張は来月って言ってたじゃない!!」
「しょうがないだろ?仕事なんだから……。」
「あんたっていっつもそう!!約束した時にかぎって仕事仕事って!!」
「…なんや、どうしたんや急に…?」
いきなりケンカをしだしたカップルを見て小石川は戸惑いの声をあげ、蔵ノ介は呆れた視線を向ける。
「小石川、オレは人間等のことなんて知りたくもないんや。つまんないことで笑ったり泣いたり怒ったり……自分勝手な理由をつけて善人ぶったり悪人ぶったりする。たかが感情ひとつに人生振り回されてるバカな生き物なんや。見てみいや、さっきまで笑って繋がってた二人だって少し相手の温度が変われば…(その絆は容易く離れてしまう)…単純なんや。純粋なんやない人間は、ワガママなだけや。くだらなくて見てるだけで疲れるんや。バカみたいや、こんな世界。こんな所でこのオレがミスなんかするわけないやろ。」
「…そか、わかった。じゃーもう何も言わないわ。」
「わかれば、よしっ!!大体小石川はいちいち心配しすぎなんや。オレを誰だと思っ……」
小石川に話し掛けながらポッケから飴を取り出し口にしたときだった。
「ああっ!!危ないっ!!」
カッキ―ン!
軽快な音と共にソレは白石に向かって猛スピードで飛んでくる。そして、気づいたときにはもう遅く、ソレは白石の頭にクリーンヒットしていた。
ゴッ!
(このオレがミスなんかするわけない―――、オレは―――、優秀な―――)
ばたんっ!
「わぁ―――っ!!兄ちゃ――ん!!」
「うあああ、ごめんなさい―!!」
白石は倒れた。倒れた白石の周りにソレ――“野球ボール”を当てた少年達がやって来る。そして倒れた白石を見ながら上に浮かんでいる小石川が呟く。
「“こんな世界でお前はホームラン打たれるで”とか、な。……何をしに人間界へ来たのかもう一度よく思い出すんやな―――“蔵ノ介王子”」