白石蔵ノ介―――
容姿端麗に加えすぐれた知能、身体能力を併せ持ち、課せられた悪行(任務)はスマートに遂行する。
―――次代を担う悪魔界のエリート王子
そんな彼は……、
「今宿無し…てな。」
「余計な説明いらんわ!!」
小石川の冗談にツッコミを入れて蔵ノ介は歩きだす。今日は入学式だ。生憎入寮時間に間に合わなかった蔵ノ介は昨夜、ハンモックで爆睡するという王子としてはありえない醜態をさらしたのであった。
(何も焦る必要はない、時間は余るほどある。まずは地盤を固めてから…嫌みのない程度に優秀さと爽やかさを醸し出しつつ高感度を上げていき、ゆくゆくは誰もが憧れ崇める存在、誰もが信頼を寄せる存在になってみせようやないか。人間共と馴れ合うつもりはないが取り入っておくことで仕事がしやすくなる。人間共には大いに協力してもらおうやないか。)
頭の中の考えに口元が緩みそうになるのを持ち前のポーカーフェイスで隠して扉の前に立つ。扉の中には新しい高校生活に夢と希望で胸を膨らませているであろう人間がたくさんいるであろう。容易にできる想像を頭に一息つく。人好きのする笑顔を張り付けて扉を開け指定された席へと足を運んだ。
「あ。」
椅子に手をかければ隣から聞こえた声。横を見れば昨夜の少年、財前光の姿。蔵ノ介は一瞬時が止まった気がした―――。
(なんでや。なんでよりによって同じ学校、同じクラス、そして…席が隣……。まさかこんな偶然が起ろうとは…。)
ざいぜんひかる。
しらいしくらのすけ。
50音順に並んだ席順は変えようのない事実だった。
入学式も終わり明日の予定などを担任が話している中隣を盗み見れば当たり前だがそこには財前光の姿がある。子供の打ったボール直撃、看病される、菓子好きだとバレる…蘇る数々の失態。これでは迂闊に口を開くことができない。どうしたものかと思案するがいい考えも浮かばず溜息ばかりが零れ落ちる。
担任の話が終わったのか再び教室内は賑わいを取り戻す。地元の友達に呼ばれたのか光が席を立つのを見送って蔵ノ介は教室を後にした。
(せめて昨日の内に記憶だけでも取っておくんやった…、まぁ今後悔してもなんにもならないんやけど。……あの後はあいつを見ても何も起こらなかった。本当にあの一瞬だけやった。いきなり強い動機が走って目の前が真っ暗になって…あいつしか見えなくなって、)
「あ、でも動機だけはなんでか…続いてた…ような?……風邪ひいたんかな。」
靴を履き替えて昇降口を出ようとして立ち止まる。外を見れば空から降り続く水の粒、雨だ。
「やっべ、雨降ってら。あんな晴れてたのに…。」
「あ、俺持ってる持ってる。」
同じくいきなり降りだした雨に足を止めていた少年たちを横目で見て小石川に声をかける。
「小石川…、」
「ハイハイ…、」
ドッ
蔵ノ介が手を動かした一瞬、少年が鞄から取り出した傘は跡形もなく姿を消した。まるで最初からそこに存在しなかったかのように。持ってきたはずの傘の行方に焦っている少年を横目に小石川がゲットしてきた傘を手に外へと向かおうとする。
「で、お前はどこに帰るんや?」
「そうやった……。」
呟かれた小石川の言葉に再び足を止めることとなった。