恋とは青リンゴの味である | ナノ






※中学生の喫煙行為描写が含まれています
 決して未成年者の喫煙を促すものではありません





















 部室の扉を開けると、そこに丸井君はいなかった。
 屋上への階段を駆け上り重い扉を開ける。視界が霞み、染みるように目が痛かった。嫌な予感というのは当たるものだ。

「……丸井君」
「お? おーヒロシじゃん」

 丸井君は、悪びれる様子もなく振り返り私の名を呼んだ。
 不健康な匂いがする。
 口から吐き出された息が白いのはけっして寒いからではない。彼が右手に持つそれのせいだ。人体に悪影響しか及ぼさない、メリットなど何もない、大人の為の嗜好品。目の前で愛想よく笑う丸井君には絶対に似合わないものだった。



 クチが寂しいから。
 初めてその光景を目にした時、彼はそう言った。マッズイんだけどさ。そう笑いながら手慣れたようにライターを使う丸井君を見た時、煙草を吸うようになってからそれなりの月日が経つのであろうことを悟った。
 人間はさ、何においても寂しいと生きていらんねえの。みんな心の穴を埋める何かを探してんだよ。ヒロシも分かるっしょ。
 二本目の煙草をふかしながら空を眺める丸井君を、私はただただ、見ていた。

 それから私は、彼を探しに出ることが多くなった。彼はたいてい屋上にいて、そしてその度、お世辞にもいい香りとはいえない煙を吐いていた。
 丸井君が煙草を吸う隣で、私は母が作った弁当を食べた。
 日本人の一般的な喫煙平均など私は知らないけれど、昼休みの一時間の間に六本の煙草を消費した彼はきっとかなりのヘビースモーカーだ。
 ご飯が不味くなりそうですね、と話したことがある。
「味が分からなくなりそうです。それだけたくさん吸っていたら」
「分かんねえよ。けど腹は減るんだから、しゃあねえよな。何でもいいから腹に入れてえ」
 私の倍ほどの昼食を広げた丸井君が、平然と言った。
 きっと彼は私に同情される筋合いなどこれっぽっちもないだろう。けれど私はその時、彼をとても可哀想に思った。
 彼は寂しいと言いながら、今の状態から脱却するすべを探しながら、孤独である自分に酔い痴れていた。



 孤独を嫌い孤独を愛する丸井君は、私が傍にいることを許した。
 彼が煙草を吸う事実を知っているのは私だけらしい。ヒロシだったら遠慮しねえで吸えるから、なんて勝手なことを言っていた。受動喫煙しているこちらの身にもなってほしい。
 けれど私の中に、彼の傍から離れるという選択肢は存在していなかった。

 目を閉じて、深呼吸をする。
 身体に害しかないその香りを全身で感じた。
 彼の、丸井君の世界の匂いがする。

「……煙草」
「ん?」
「やめないんですか?」

 部活をサボタージュしてまで自らを慰めて貶める。そんな行為が理解できるはずもないし、今後知らなくていいとも思う。彼を救いたい、だなんて、そんな大それたことを考えている訳でもない。

「さー、どうだろ。口が寂しいから」
「まるで、寂しくなかったらやめるみたいな言い方だ」
「だってマズイんだもんよ。やめられるもんならとっくにやめてら」
「なら、これでも噛んでいなさい」

 私は、先ほど購買部で買い求めていたグリーンアップルのガムを彼に差し出した。
 たまたま目についたものを気まぐれに買っただけで、これとして意図があったわけでは決してない。
 ただ、もしかしたら私は、彼の寂しさを紛らすだけの何かになりたかった――のかも、しれない。

「何、くれんの?」
「仕方がないので。煙草よりはよほどましです」
「ふうん」

 丸井君はまだ残っていた煙草の火を消し、携帯灰皿にしまうと、たった今与えたそれの包み紙を不器用に剥がし始めた。一度に二、三粒を口に放り込み、風船を作る。そして今日も空を眺めていた。私もならって空を見る。最大限まで大きくなり破裂したそれを、丸井君は上手に口内へと戻し、何度か噛んだあとまた優しく膨らませる。
 ……悪くない気がした。

「……なあ、ヒロシぃ」
「はい」
「これ、やるよ」

 ぐいっと、ぶっきらぼうに差し出されたのは彼が手にしていた緑色の箱だった。

「……は」
「俺がクチ寂しそうにしてたらさ、こうやって定期的にガム、くれよ。そしたら俺、煙草、やめるかもしんねえから」

 彼は一瞬だけこちらを見て、そうしてまた、空を眺めるだけの作業に戻ってしまった。

 やれやれ。どうやら私の所持金は、しばらくの間、あらかた彼への投資で消えてしまうらしい。
 その事実がなんだかたまらなく可笑しかった。
 彼が押し付けてきた煙草の箱から、ほのかにメンソールの香りがした。



 丸井君が依存していたそれに、『キープ・オンリー・ワン・ラブ』という意味があるらしいことを知るのは、もう少し後の話だ。










恋とは青リンゴの味である










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一万打企画より、沙都様リクエスト比呂ブン。キュンと……しないな……orz
口が寂しい丸井君がガムを噛むようになったきっかけが比呂士だったらいいなという願望が拭えませんでした。
わたしは煙草には詳しくありませんが、Keep Only One Love(KOOL)は本当の話です。

リクエストありがとうございました!
沙都様のみお持ち帰り可。

2012.2.17.

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