あべこべラバーズ | ナノ



 並んで歩きたい。たったそれだけ。










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 久々の洗濯日和だと朝から母親が喜んでいた。降水確率は午前午後共に三○%を切り、教室の窓からは雲の少ない澄んだ青空が見える。そういえばさっき赤也とブン太が、今日は外練習ができると二人ではしゃいでいた。クラスメイトが口々に『天気の良さ』を喜び、心なしか表情も普段より明るく。

 そんな今日が、非常に面白くなかった。

 晴れの日が嫌いな訳ではない。日に焼けるのも暑いのも好まないが、屋上での昼寝は快晴の日に陰でやるからこそいいのだと思っている。
 ただ、晴れるにもタイミングというものがあるだろう、と。梅雨なら梅雨らしく降っていればいいものを。

 鞄の奥に追いやられたまま目的を失っていたポケットティッシュをわざわざ発掘した。ティッシュなんて自らすすんで持つはずがない。紛れもなく奴が持たせたものだ。やれやれ困った方ですね、それくらい持つのがたしなみでしょう、なんてお節介な言葉までオマケして。
 一枚を適当に丸めてもう一枚でそれを包み、破れない程度に捻る。昔、小学何年生の時だったか、調理実習で茶巾絞りを作ったなと思い出す。味はもうすっかり忘れてしまったが、クラスで一番形のいいものに仕上がったのは覚えている。あの頃から手先だけは無駄に器用だった。
 出来上がったそれを見て溜め息。何故こんな子供騙しな気休めでしかないまじないを実行しているのだろう、俺は。決して真に受けている訳でも信じている訳でもないのだが。

「……阿呆みたいじゃ」

 勢いよくゴミ箱に投げようとしたが、自分が作ったそれに罪はない。そのまま鞄に突っ込んだ。

 光を反射して煌めく海がこれほど寂しく見えた日が、未だかつてあっただろうか。





 遅れてきた五月病を疑うほどに今日はやる気が留守のようだ。午後の授業は二つともサボった。屋上で横になる。このまま眠ろうかとも思ったが、中途半端に暑いので無理だろうと諦めた。
 遠くで鳥の暢気なさえずりが聞こえる。人は、こういう一日を平和だと呼ぶのだろうか。昨日まで鬱陶しいほどに鳴いていたアマガエルの声が今日はないことに、果たして何人の生徒が気付いているのだろうか。


「あなたはまたそんな所で……」


 聞き慣れた、耳に優しい低い声がした。

「よぉ、柳生」
「『よぉ』じゃありませんよまったく。授業はどうしたんです?」
「この調子で出とると思うか?」
「思いませんね」
「さすが、よー分かっとるの」

 ニンマリと笑ってやると、俺を見下げたままの柳生が呆れたように溜め息を吐く。奴のこういう表情や仕草を見る度、紳士なんてそんな御冗談を、と嫌味の一つでも言ってやりたくなる。実際俺にはちっとも優しくないし俺の前では不機嫌さを平気で表情に出しやがる。……何が嫌って、こういう態度が不快だと思えない自分だ。
 せっかくサボタージュ常習犯の捕獲に成功したのだから引きずってでも部室に連れていけばいいのに、何を考えているのかこの優等生は俺の隣に腰を下ろした。

「良い天気ですね」

 お前まで言うか、それを。
 この際だ、頭の弱い俺に分かりやすく説明をしてくれんか秀才さんよ。『良い天気とは具体的に何ですか?』。一体どこの誰が晴れを良い天気だと決めつけた。カエルやカタツムリや紫陽花の気持ちを考えたことがあるのか。いや、そんなことはどうでもいい。俺の心情だけは察してくれ。

「……あなたの機嫌が悪い原因はそれですか」

 のう、紳士さんよ?

 ただ、並んで歩きたい。たったそれだけの気持ち。雨が降ればお前の傘で一緒に帰ることができる。傘を持たない事に呆れながらも俺が濡れないように心持ち傘を右側に寄せる、そんなお前のさりげない優しさを感じることができるから。
 あめあめ降れ降れ母さんがで始まるフレーズの童謡があったが、あれに近い心情である気がする。俺のは相当ひねくれているけれど。

「……プリッ」

 視界が遮られたのは突然だった。急に暗くなり目が痛む。
 思わず目を閉じた瞬間口元にぬくもりを感じて、ああ、キスをされたのだと理解するのにそれほど時間はかからなかった。


「機嫌は直りましたか?」


 ――まったく、お前って奴は本当に。


「…………死んでしまえ」
「寂しい癖に何を言っているんですか?」
「お前のその自意識過剰だけはなんとかならんの」
「自信、ですよ。根拠もありますし」
「お前いつからそんなムカつく奴になったん」
「詐欺師のあなたにそう言ってもらえるなんて本望です」

 奴のクソ意地悪な笑顔を見ていたら、何だかどうでもよくなった。



 ゆるゆると腰を上げると鞄を投げ渡された。帰りましょうかと言う柳生に、部活はどうしたと思いながらも黙って頷く。
 鞄を開けるとそこには、先程ティッシュを丸めて作ったてるてる坊主が逆様のまま納まっている。
 『てるてる坊主を逆さに吊るすと雨が降る』なんて誰が言い出したのかは知らないが、集まってきた気がする雲を見て俺はそれに微笑んだ。










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「プリッ」の使いどころ間違っていないか不安。

2010.7.14.

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