夢の隠り世 | ナノ
※text 柳生×仁王『夢物語』ラストボツ案
ふと、気が付くと陽が傾きかけていた。
慌ててポケットを探り、携帯電話で時刻を確認するとすっかりいい時間になっていた。
ディスプレイに映し出されたのは生まれたばかりの我が子の姿。
自分の子どもというのは本当に可愛いもので、無条件に愛せるものだ。
なるほど、“目に入れても痛くない”という言葉も頷ける。
彼も、こういう幸せが欲しかったのだろうか。
それとも彼は、すでに手に入れたのだろうか。
自ら作り上げた幻の世界で。
私はゆっくりと、その建物へと、歩きだした。
彼とつながりがある人間の中、唯一私の身元だけが分かったらしい。
父親も母親も祖父母もきょうだいもすべて、行方不明になっているそうだ。世間での扱いは。
あまり考えたくはないが、けれどきっと彼らも、今や彼の血となり肉となっているのだろう。
それで私に連絡が来たのだ。
目の前に立つ医者のように見える人物は、きっと私と彼がただの友人ではなかったことに気付いているのだろう。
彼は毎日、私の名前を呼ぶそうだから。
それでもあえて何も触れてこない。
あくまで簡潔に、淡々と話を続けている。
私もただ事務的に相槌を打つだけだった。
無心にならないとおかしくなってしまいそうだった。
男の話に承諾の意味を込めて頷くと、少しだけ哀しそうな、そして少しだけ安心したような表情を見せた。
最後に彼に会っていかれないんですかと聞かれた。
その方が良いと思いますか? と逆に問うとそれきり男は黙ってしまった。
会わないでいる方が良いに決まっている。
彼は混乱するかもしれない。そしてまた、更に狂ってしまうかもしれない。私の薬指に光るそれを見つけたら。
それとも、それすらも自分の都合の良いように解釈するんだろうか。
俺の旦那様がきてくれた、なんて、ね。
ねえ仁王君。
あなたはたいへんな罪をおかしました。
いくつの罪のない命を、あなたは奪ったのですか。
何人の子供の未来を潰したのですか。
あなたは今“しあわせ”ですか?
彼が“しあわせ”なら、それでいいのかもしれない。
だからあなたは、“しあわせ”なまま終わりを迎えてください。
あなたの罪は私が背負う。
そして私も、同じ罪を犯そう。
人の命を奪うという罪を、おかそう。
あなたの気持ちを知るために。
あなたの愛を受け入れるだけの勇気がなくて、ごめんなさい。
何度でも謝りますから、私がいま落とした涙のようなものには、気付かないふりをしていてください。
そして私は、男から差し出されたものに判子を押した。
仁王雅治の安楽死を認知する旨を記した書類に、判子を――押した。
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2011年5月30日。
『夢物語』より、法律の壁にぶつかって書かなかった(書けなかった)ラスト案。
どうしても書きたかったので、こっそり置いておく。